No.15 共に開く新たな扉(後編:公園を育てる)

東京都世田谷区「都立砧公園」

写真:遊び場の遠景。遊具エリアの手前にある芝生エリアには、2本の大木による大きな木陰。

 

 障害のある子どももない子どもも共に楽しめる遊び場として都立公園で最初に整備された砧公園「みんなのひろば」。
 レポート前編では、この遊び場の事業化からオープン(2020年3月)までのいわば『つくる』過程を、そこに携わった様々な「人」に焦点を当ててご紹介しました。

 後編では完成した遊び場を『育てる』過程、つまりここを名実ともに「“みんなの”ひろば」といえるインクルーシブな場にしていくための取組みについてお伝えします。
 立場の異なるいろいろな人が連携しながら、より良い遊び場を目指しておられます。

公園管理者の人々(管理と運営)

写真:遊び場の出入口。白いフェンスの一部に緑の両開きの扉がある。音の手がかりとして大きめの鈴が下げられている。
「出入口がフェンスと同じデザインで位置がわかりにくい」との声を受けて塗り替えられた門扉。利用者の意見をもとに弱視の人も見分けやすそうな2色を選び、北と南の出入口を塗り分け。後に「遊び場の東側からも出入りしたい」との要望に応え、新たな色の門扉が追加された。

 

 じつは「みんなのひろば」がまだ建設中だった2019年の秋、砧公園の指定管理者である公益財団法人東京都公園協会さんから「みーんなの公園プロジェクト」にお声掛けがあり、事業開発部の方々とお会いする機会を得ました。

 そこでの率直な対話から知ったのは、「インクルーシブ」という新たなコンセプトの遊び場に対する管理者の方たちの戸惑いです。「従来とは違う遊具や環境の安全をいかに確保していくか」「様々な障害のある子どもにどう対応するべきか」「利用者間でどんなトラブルが起こりうるか」など、未知の課題や懸念を前にかなり身構えておられる印象でした。

 当方からはひとまず、海外の先進事例の様子や国内の多様な利用者のニーズなどについてお伝えしたのですが、この時、私たちは「みんなのひろば」が具体的にどんな遊び場になるのかを知る立場になく、仮にわかっていたとしても、インクルーシブな遊び場をほぼ初体験する日本の子どもや大人の反応は予測しきれない部分もあり、正直なところあまりお役には立てませんでした。

 最終的に答えを導き出されたのは、現場で日々の管理運営にあたった職員の皆さんご自身でした。

写真:園路と複合遊具の間にある背の高い照明。
照明の支柱には、衝突によるけがを防ぐために巻き付けたクッション性マット。当初は子どもの背の高さまでだったが、視覚障害を持つ保護者がぶつかりそうになったことを受け、さらに高い位置まで覆われた。

 

 砧公園サービスセンターの方々は、オープン初日から遊び場の利用状況や子どもたちの動きを熱心に観察され、幅広いユーザーが不便や危険を感じる箇所を見つけては一つひとつ対応。掲示物の工夫や地域の活動団体との協力を通して、コンセプトの理解促進への策も講じていかれました。
 その姿勢は遊び場の開園から4年が経つ今も変わらず、「みんなのひろば」はより多様な人が安心して訪れられる場所へと少しずつ進化しています。

写真:出入口の扉にサービスセンター長がユニークな案内表示を取り付けている。
利用者から「子ども連れ以外の人は中に入りにくい雰囲気。お年寄りなども気軽に立ち寄れる場に」との声を受けた翌日、門扉に取り付けられる「0歳から300歳までだれでもどうぞ」の案内表示。隣にぶら下がっているのは指さしによるコミュニケーション支援ボード。

 

 昨年、サービスセンター長やスタッフの方にうかがったお話です。

 ・環境もプログラムも、工夫次第で障害のある子どももない子どもも一緒に楽しめるようになる。実際に多様な親子と接するうちに、「障害があるから特別」ということではなく「みんな同じ子どもだ」と理解できた。

 ・特に開園当初は遊具の使い方や順番待ちなどへの苦言も寄せられたが、呼びかけ等で利用者の理解や協力も進み、これまで事故などのトラブルはほとんどない。繰り返し訪れる近隣住民も多く、今では利用者どうしが優しく声を掛け合える雰囲気がある。「インクルーシブ」というコンセプトの理解も広がってきたと感じる。

 ・遊び場のオープン以来、「現場で気づいたことや自分たちにできることは何でもやろう!」とハードの改善やソフトの充実に努めてきた。ただ広大な公園全体を管理していることもあり、自分たちだけでは気づけない点も多い。いろいろな取組みが実現できているのは、遊びや障害のある子どもに詳しい地域活動団体の協力があってこそ(後述)。

 近年、遊び場での事故やトラブル、クレームを防ぐためにルールをどんどん増やしたり紋切り型の対応をしたりするケースも見られますが、ここではまず人と向き合った上で、あるべき遊び場の姿を見据えた工夫を積極的に試していく姿勢が大切にされています。

 

地域の活動団体の人々(調査と利活用の促進)

 “インクルーシブ公園”のモデルケースとなるこの遊び場を「どうつくるか」だけでなく「どう活かすか」も重視していた東京都。
 「みんなのひろば」では、子どもの遊びや多様な親子を支援する活動団体の協力を得て、現地の利用者調査やコンセプトの理解促進に向けた取組みが実施されてきました。

写真:遊び場に設置された掲示板。「みんなのひろば」のイメージキャラクターの隣に、子どもたちのカラフルなイラストが並ぶ。
遊び場のプログラムや公園紹介などが貼り出された掲示板。枠のデザインや掲示物には子どもたちが描いたイラストも採用。

 

 例えば2020年の夏から秋に行われた利用者等へのアンケート&ヒアリング調査。
 担当された一般社団法人TOKYO PLAYさん(※1)は、「みんなのひろば」にプレイワーカーや遊びの小道具などを配し多様な親子が訪れやすい環境を整えた上で、利用者や関係者の声を幅広く集めました。調査の詳しい結果は都への報告書にまとめられ、その一部は冊子『公園のこと、みんなの声からはじめよう!』にも紹介されています。

 また調査以外の場面でも遊びの支援者として、様々な利用者、特に子どもたちのニーズや思いを敏感にキャッチしては、管理者や保護者の方たちとも共有。
 遊びの中で一人ひとりの主体性を尊重したり、子どもが自ら育つ力を信頼したりする意識が、大人たちの間にじわりと浸透していきます。

※1 TOKYO PLAY: “Play Friendly Tokyo/子どもの遊びにやさしい東京を”をビジョンに掲げ、自治体や地域住民と協力しながら、子どもが遊べる環境づくりに取り組む一般社団法人。砧公園では管理者と連携し「みんなのひろばプロジェクト」を実施。

写真:遊び場の一角を使ってのアートプログラム。絵の具でのぬたくり遊びの他、黒板とチョークを置いたお絵かきコーナーも。
「のびのびアート」のイベントが開かれているエリア。「ひまわりを育てよう」コーナーでは、車いすユーザーも種を撒きやすいよう、ベンチに乗せたプランターも。

 

 また子育て支援NPOのamigoさん(※2)は、病気や障害を持つ子どもと家族のための活動”arTeaTreaT/あーといーとりーと”の一環として、遊び場での『のびのびアート』や『ゆるっとさんぽの会』などのプログラムを実施(arTeaTreaTのサイトより『第2回のびのびアート』のレポート)。

※2 NPO法人子育て支援グループamigo:世田谷区を中心に産前産後支援やお出かけ広場事業を運営しているNPO。取組みの一つである “arTeaTreaT/あーといーとりーと”は、イベントやワークショップを通じて、病気や障害を持つ子どもとその家族が同じ地域に暮らす人と一緒に居心地良くご機嫌な日々を創っていくための活動。

写真:出入口の正面に置かれたイベントの案内板。草地には持ち物を置いたり子どもが寝転んだりできるシートが敷かれている。

 

 これらは障害のある子どもたちにとって貴重な外遊びの機会であるのはもちろん、遊び場に居合わせた他の親子たちも気軽に参加しやすい取組みとあって、「一緒に遊んでいいですか?」「もちろん!」という和やかな会話がよく聞かれます。

写真:芝地に長々と敷かれた帆布のキャンバスが色とりどりに塗られている。

 

写真:帆布のそばには毛糸を巻いたボールやふわふわのブラシ、ローラーなどの小道具と子どもが脱いだ靴。
この日は、芝生の中の散歩道に見立てた白く長いキャンバスの上を、裸足で歩いたり這ったりしながら好きな色に。感触の異なる小道具も使い、自由にぬたくり遊び!

 

 さらに『のびのびアート』でみんなが描いた作品を後日、世田谷美術館に展示したり、多様な子どもが一緒に楽しむ様子を『ミニ写真展』(※3)として遊び場のフェンスに掲示したりする取組みは、公園で大勢が集まるイベントが制限されていたコロナ禍においても地域にインクルージョンへの理解を広める助けとなりました。

※3:ミニ写真展で掲示された写真の一部は冊子にまとめられ、TOKYO PLAYのサイトでも公開。冊子「砧公園みんなのひろば写真集」

写真:ミニ写真展。案内板には『「みんなのひろば」の「みんな」って誰だろう。(中略)他の人がどんな風に楽しんでいるか、ほんの一部ですがご紹介します』のメッセージ。
外周のフェンスを使った「ミニ写真展」。多様な子どもが遊び場で生き生きと楽しむ写真が数十枚、コメントも添えて掲示されており、散歩で通りかかった人も鑑賞できる。

 

 両団体が協力して行うこれらのプログラムの度に感じるは、現場のプレイワーカーやクルーの方々が多様なあらゆる人を自然に受け入れる態度や、「あなたらしく自由に楽しんでいいよ」という大らかなマインドが、他の子どもや大人たちにも伝播しやすいということです。

 遊び場には、「子どもに障害があるため公園にはほとんど行ったことがない」人や、「これまで障害のある人と接したことがない」という人も少なくありませんが、みんなウェルカムな雰囲気の「場所」と「機会」と「人」が揃うことで、初対面の利用者どうしも自然に笑顔を交わしたり、会話や助け合いが生まれたりする場面がぐっと増えるのです。

写真:休憩用の簡易テント。子どもたちが自由に塗った楽しげな旗で飾られている。

 

 いわゆる「サービス提供者 対 お客さん」ではなく「地域の仲間」による橋渡し役の存在を得て、「みんなのひろば」はよりインクルーシブな場へと成長しています。

 

遊び場に学ぶ人々(次に活かす)

 「みんなのひろば」にやってくるのは、遊びが目的の親子連ればかりではありません。新型コロナの流行が落ち着くにつれ、徐々に全国各地から様々な人が訪れるようになりました。

 この遊び場をより詳しく知ってもらう取組みとして、TOKYO PLAYさんと公園管理者の方たちによる見学会が始まったのは2022年の秋。(翌年度末までに計10回以上を実施)

写真:見学会の受付テント。子どもの絵と共に色とりどりの軽い布が風に揺れている。
見学会は1回15名程度の予約制。受付テントのそばには、けん玉や楽器など遊びの小道具も。

 

 みんなで現地を周りながら、案内者の方から遊び場に施されたハードやソフトの工夫、具体的な改善点や今後の課題、子どもたちのリアルなエピソードなどを伺え、最後は参加者どうしで意見交換をする場も。参加者はそれぞれ立場や背景が異なるため、気づきや考え方の幅も広がり学びの多い1時間半です。

 この見学会については紹介冊子がまとめられ、ウェブ上でも公開されています。→(冊子『砧公園「みんなのひろば」に行ってみよう!』

写真:高さ百数十センチの合板に大小の穴を開け、十字に組んで立てたものが2組。間に雨樋を渡しながら熱心に遊ぶ複数の親子。
見学会の際に用意されていた遊び道具の一つ。穴を開けたボードや樋を使って誰もが自由に、しばしば協力しながらコースを作り、どんぐりなどを転がす遊びが始まる。

 

さらにこんな立場の方たちも遊び場を訪問!

 ・公園遊具の企業から
 「みんなのひろば」に遊具を納入した企業の方が、時間帯や曜日、季節を変えては利用者の観察やヒアリングを重ねる。他社の方たちも、時に障害のある親子などのモニタリング協力者と共に遊び場を巡り、多様なユーザーの具体的なニーズや課題の把握に努める。いずれも、インクルーシブな遊び場への理解を深めるとともに遊具のさらなる改善や開発、販売促進を見据えたリサーチ。

 ・各地の自治体や議会から
 公園行政の担当者や地方議員の方たちが、インクルーシブな遊び場事例の視察に訪れる。都の関係者や公園管理者の方から遊び場づくりのプロセスや管理運営のポイントをはじめとする実践的な情報を得た上で、地元での公園整備等をめざす。

 ・大学や高校から
 若者がインクルーシブな遊び場をテーマに卒業論文や探究学習に取り組む。「子どもと遊び」「都市設計」「共生の社会づくり」などそれぞれの観点から現地の調査や関係者へのインタビューを実施。少し前まで遊び場のユーザー側だった自らの経験も踏まえて考察をまとめ、それぞれの場で発表。

写真:滑り台への移乗ポイントで車いすを使った検証。

 

 このように「みんなのひろば」は、大人や若者にとっても貴重な「学びの場」となっており、その成果はさらに幅広い人へと共有されています。

 

みんなで育て続ける!

写真:プログラムの様子。地面にカラフルなフープを並べてケンケンパなどの遊びを始める小さな子ども。

 

 今回のレポートでは、いろいろな人や場面を取り上げながら、この遊び場がどのようにつくられ育てられてきたかをご紹介してきました。

 都立砧公園「みんなのひろば」は、現在広がりつつある『インクルーシブ公園』のムーブメントの火付け役となった遊び場です。
 もう一つ重要なのは、ここはその「理想形」でも「完成形」でもないということです。

 インクルーシブな遊び場の解は一つではなく、それぞれの地域に根ざしたより有意義な遊び場を目指す道のりにゴールはありません。

写真:イベントでは芝生エリアがステージに。多くの観客に向かい、アコーディオンとギターと打楽器のユニットや多様な子どもたちによるダンスグループがパフォーマンス。
2024年3月に実施された砧公園スペシャルデー「音楽の日」の様子。

 

 「みんなのひろば」の開園からちょうど4年が経った先月、この遊び場に初めて多くの人を集めてのイベント『砧公園スペシャルデー』が開催されました。

 そこには年齢や性別、特性や背景の異なる様々な人が、地元で活躍する個人やグループの出演者たちによる歌やダンス、楽器演奏などを一緒に楽しみながら拍手や歓声を送る姿がありました。

 誰もが歓迎されのびのび過ごせたり、人や地域と緩やかにつながれたりする、この遊び場ならではのインクルージョンを育むプロセスの新たな1ページです。

写真:大きな木のシルエットが描かれたパネル。来訪者が桜の形をした付箋に絵やコメントを自由に書いて貼ることができる。
イベントコーナーに置かれたメッセージボード。「砧公園大好き」「さくらがきれい」「ここで遊んで楽しい」など利用者のコメントやイラストが貼られ満開の状態に。

 

 これからの進化も楽しみな都立砧公園「みんなのひろば」をご紹介しました。