“All Abilities, All Ages, All Welcome”
(障害の有無などを問わずどんな人も、何歳でも、みんなウェルカム)
そんなスローガンを掲げる公園が、サンフランシスコ近郊のパロアルト市にあります。名前は「マジカル・ブリッジ・プレイグラウンド」。
単にアクセシブルな既製遊具を並べるのではなく、ADA(障害を持つアメリカ人法)の基準をはるかに上回る独自の工夫と楽しさで、多様な親子連れに人気です。
前回のリポートでは、「回る」「揺れる」など遊びのタイプで分けられたエリアをぐるりと巡りました。
後編は、まるで絵本に登場しそうなプレイハウスからスタートしましょう!
木造2階建てのこのプレイハウスは、地域の様々なボランティアが音楽や遊びのプログラムを提供する拠点にもなっています。
1階中央には半円形にせり出したステージが設けられ、左右のスロープルートからだれもがアクセス可能。
ステージ側から客席を見渡すと、擬木のベンチが弧を描いて配置され、それぞれの間にさりげなく間隔が空けられています。
日本の劇場などでは、車いすユーザー用のスペースが数席分まとめて確保されることが多く、場所も客席の最前列や最後列、また出入口の近くなど必ずしも見やすい位置ではありません。ちなみに同行した人は、車いすユーザーの隣りに置かれたパイプ椅子での鑑賞になることも……。
一方こちらの客席は障害の有無で人が分けられることなく、だれもが自分の好きな場所を選び、家族や友達と並んで楽しむことができますね。
このステージの奥には、ケーキ店と木工房をテーマにしたごっこ遊びコーナーがありました。
ケーキやレジ、工具などの小物は木製でカウンターに固定されていますが、なかなかリアル。出会ったばかりの友達とのコミュニケーションも弾みそうです。
カウンターの下にはクリアランスがあるので車いすユーザーもしっかり近づくことができ、お客さん役や店員さん役を入れ替わりながら自由に遊べます。
こちらはステージ脇にあるチケット窓口。
明るい色づかいと多彩な形に切り抜かれた壁にも、遊び心が感じられますね。
このプレイハウスを手掛けたのは、地元でこだわりのツリーハウスや木造遊具を製作しているBarbara Butlerさんです。
塗料は自然由来のものを特別に配合し、木材はすべて持続可能に管理された森林から調達。乳幼児も裸足で遊べるよう床板から柱までていねいに研磨した上で、すべての角が面取りされているんですよ!
金属製やプラスチック製の既製遊具にはない温かみに加え、人や環境への配慮も行き届いたオーダーメイドのプレイハウスです。
今度は、外周のスロープ園路を回り込んで、高架のボードウォークへ向かいましょう。
この高架通路の右側には大木を囲うツリーデッキが、そして左にはプレイハウスの2階へと通じる橋があります。
まずはツリーデッキから。
アメリカでは、庭の大木などにツリーハウスを架けるのが人気で、秘密基地のような特別感があるその場所は、障害により木登りが難しい子どもにとって憧れだったりします。
でもアクセシブルなツリーデッキなら、誰も取り残されることがありませんね。
デッキからそびえ立つ木を見上げると、豊かな枝振りと青い空。
時々、リスが追いかけっこをする姿も楽しめますよ!
そしてこちらが、プレイハウスの2階へと繋がる橋。
多様な子どもが頻繁に出入りする場所だけにたっぷりと幅があり、ベビーカーの親子連れも容易にすれ違えます。
内部は、大きく開いた窓や壁の穴から光と風が差し込む心地よい空間。
カフェコーナーでは、テーブルに並ぶコーヒーマグやノートなどの木製小物が、くつろぎの空間を演出していますね。(奥のテーブルにあるのはiPhone。さすがシリコンバレー!?)
この2階からは、階下のステージや客席はもちろん、遊び場を広く見渡すことができます。
せっかく上ってきたスロープですから、こうした高い場所ならではの楽しみ方ができるのは嬉しいですね。
さあ、再びボードウォークに戻り、先へと進んでみましょう。
おや、途中で通路が左右に区切られていますよ。
右はそのまま平坦な通路、左は吊り橋ルートになっていました!
揺れる吊り橋で友達と跳びはねてみたり、もう一方を勢いよく駆け抜けたり、それぞれ好きな渡り方でどうぞ。
ただアクセシブルなだけでなく、だれもが通ってみたくなるスロープルートです。
再び合流した通路はその先で左に折れ、いよいよ遊び場で人気の築山の頂上にたどり着きました。
富士山型のこの築山の魅力は、じつに多彩な方法で登り降りできること!
いったいどんな選択肢があるのか、左奥から順にご紹介しましょう。
まず、①ネットクライム。
自力でネットを登ることが難しい子どもも、左下の開口部からネット裏に潜り込んだり、三日月型のシートに腰掛けて揺れを楽しんだりできそうですね。
続いて、②2段手すり付きの階段。
手前は③芝滑りができる斜面(人工芝)で、奥は④ローラー滑り台。
ん?このローラー滑り台、下に変わったデッキが付いています。
これは“Dignity(尊厳)Landing”と名付けられた工夫。
車いすや歩行器のユーザーをはじめ、滑り降りた後にすぐ立ち上がって移動することが難しい子どもが、一旦横にスライドして腰掛けていられるデッキです。
後ろの子に「まだ?」とせかされたり、頂上に残した車いすなどを届けてもらうまでの間、仕方なく地面に座り込んで待ったりすることなく、尊厳を保って自分のペースで楽しめるようにと設けられました。
この工夫が注目され、今ではこうした退避スペースをさりげなくデザインに組み込んだ滑り台が、一般の遊具メーカーからも発売されているんですよ!
さてこの滑り台の右隣りには、⑤潜ったり手がかりにしたりして登れるU字形のバーが並んだ斜面があります。
さらに、⑥側壁が高めで座位を保ちやすいカーブした滑り台、⑦手すり代わりにして登ったり、両足を掛けてチャレンジングな滑り方をしたりできる平行棒、⑧友達や家族と並んで楽しめる幅広の滑り台と続き、最初の高架のスロープルート加えると、一つの築山に9種類もの登り降りの手段が!
すべての子どもが自分らしく挑戦しながら、一緒に楽しめる――――
マジカル・ブリッジの理念を象徴するような築山ですね。
その頂上には日除けがあり、周囲は車いすやベビーカー、歩行器のユーザーを含め、子どもがうっかり斜面へ転がり落ちてしまわないよう柵が巡らされています。
柵の開口部は30~35㎝とかなり狭め。
大勢の子どもが集中しがちな頂上ならではの安全対策ですが、これでは通り抜けにくく不便な人もいるかも?
不意の転落のリスクを減らすには、頂上を広めに確保した上で、柵の代わりに地面の縁を一段高くするなどの手法も考えられそうです。
さあ、これでマジカル・ブリッジ・プレイグラウンドのすべてのエリアを巡りました!
ここまでの写真は、まだ人が少ない早朝に撮影したものですが、あらためて休日の昼間に訪れてみるとこのとおり↓
普段は月平均2万5千人もの人が利用するという人気ぶりです。
(※新型コロナの感染拡大期は一時閉鎖や人数制限が実施されました)
このマジカル・ブリッジ・プレイグラウンドを実現に導いたのは、地元テクノロジー業界でのキャリアを持ち、2人の女の子の母親でもあるOlenka Villarrealさんです。
きっかけとなったのは、重い知的障害を持つ次女のAvaさんがまだ歩けなかった5才の頃、専門家に「身体や脳の発達を促すには、揺れなどによる前庭覚への刺激が有効」と勧められたこと。
そこでAvaさんが一人で乗れるブランコがあり、姉妹で一緒に楽しめる遊び場を探し回りましたが市内にはなく、障害のある子どもやその家族が公園のデザインの対象から外されてきたことに気づきます。
Olenkaさんはさっそく市に掛け合い、多様な利用者のニーズを反映し、地域のだれもがインクルードされる遊び場づくりに乗り出しました。
友人らとデザインを入念に検討し、地域住民の理解や協力も得ながら団体や企業、個人から約4億円に上る資金を集め、7年もの歳月をかけてマジカル・ブリッジ・プレイグラウンドを完成させたのです。
遊び場の一角にあるドナー・ウォールに記された寄付者たちの名前はほんの一部。多くの人々の支援と参加で実現した革新的な遊び場の評判は、すぐに広まりました。
開園から4年後に放送されたPBSのテレビ取材では、冒頭に登場するOlenkaさん親子と共に、マジカル・ブリッジの全体像と、ここでの遊びや人との交流を楽しむ多様な障害・年齢・背景を持つ利用者たちの様子が伺えます。
■PBS NewsHour “A playground for everyone, no matter your age or ability” (英語・約7分間)
今回、私たちの取材にも応じて下さったOlenkaさんは、大変思慮深く、心の温かさと芯の強さを兼ね備えた方でした。公園を案内しながら聞かせて下さったのは、遊び場づくりの経緯から遊具や素材の選び方、また国内外の反響や今後の展開まで多岐に渡るお話。
中でも強調されたのは次の言葉です。
「私たちが目指すのは“障害児のための”特別な公園やプログラムなどではなく、日頃からあらゆる子どもや大人が訪れたくなる魅力的な場所と機会。
多様な人がごく自然に出会って一緒に心から楽しめる公園でなければ、真の相互理解やインクルージョンは育まれないと思うんです」
彼女たちが丹精を込めたマジカル・ブリッジの遊び場は、迎え入れたすべての人をさりげなく橋渡しし、社会を少しずつ良い方向へと変えています。
私たちのインタビューを受ける間、彼女が幾人もの人から声を掛けられる様子からも、この遊び場がいか広く愛されているかが伝わりました。
「もしかしてあなた、ここをつくってくれた人? ありがとう! 素晴らしい遊び場よ」
「うちの街にもこんな公園がほしいと話していたんだ。今度、僕たちにも話を聞かせてもらえないかな?」
ここで先程のテレビ動画の後半(4:55頃)に紹介されていた、別の遊び場を思い返してみて下さい。
アメリカの公園によくあるタイプで、ADAが定めるアクセシビリティの基準はクリアしているものの実際に車いすユーザーはほとんど遊べず、みんなにとっても退屈と指摘されるものです。
Olenkaさんは、ADAが対象としているのは障害者の約1割に過ぎない肢体不自由者が中心であり、実際は知的障害や発達障害などの他、加齢に伴う変化も含めてとても幅広い人々のニーズが見過ごされてきたと語ります。
彼女が考える、インクルーシブな遊び場づくりに重要なステップは次の3つ。
1: 実際にどんな利用者がいるのか、地域に学ぶ
2: 多様な利用者と一緒に、みんなのためのデザインを練る
3: すべての利用者の声をもとに、評価と更新を重ねる
近年、日本でもインクルーシブ公園がつくられ始めましたが、単なる先行事例や遊具パンフレットなどの情報に頼りがちで、地元の利用者のニーズ調査や参加、緻密な検証に基づく改善がなおざりになってはいないでしょうか?
マジカル・ブリッジのチームは現在、この遊び場で得られた多くのフィードバックや知見をもとに新たな工夫を加えた2ヵ所目の遊び場を隣のレッドウッドシティにオープンさせ、さらに国内外で複数のプロジェクトを展開中。
“All Abilities, All Ages, All Welcome”
(障害の有無などを問わずどんな人も、何歳でも、みんなウェルカム)
本当の意味でのインクルーシブな遊び場、そしてだれもがありのままで受容され尊重し合えるインクルーシブな社会を目指すOlenkaさんたちの旅路は続きます。