2010年のバンクーバー冬季オリンピック・パラリンピック大会で、ジャンプやクロスカントリーなどの会場となったウィスラー。
バンクーバー市街から車で2時間ほどの場所にある山と湖に囲まれた美しいリゾート地で、冬はスキーやスノーボード、夏はハイキング、マウンテンバイク、カヤックなど一年中楽しめるとあって、家族連れや若者、観光客に人気です。
そしてこの町の中心地ウィスラー・ビレッジには、オリンピックを機に整備された3つのインクルーシブな遊び場のうちの1つが!(詳しくは「海外事例No.25」をご参照ください) さっそく探してみましょう。
遊び場は約1200平方メートルとさほど広くなく、場所は五輪のモニュメントや聖火台、野外ステージなどを備えたオリンピックプラザの隣、トーテムポールが立っている辺りだそうですが・・・
ありました、巨大なトーテムポール!
ここウィスラーは、開拓者や入植者が流入し始める19世紀末以前、先住民であるスコーミッシュ族とリルワット族が領土を分かち合って自然と共に伝統的な暮らしを営んできた地です。彼らの長い歴史と文化を象徴するこのトーテムポールは、オリンピックの際に両部族の彫刻師二人が力を合わせて制作したものだそうで、今も国内外から訪れる多くの人々を歓迎してくれています。
ではいよいよ遊び場見学のスタートです!
まずは皿型ブランコ。仲良く揺れる二人の子どもとお母さんたちの笑い声が響いています。ブランコエリア内の地面はゴムチップ舗装ですね。
ちなみに皿型ブランコを揺らす人は、左の女性のようにブランコの横に立つのが基本。前や後ろに立っているとブランコと衝突する危険性が高いためで、海外のUD公園を見る限り、子どもを含むたいていの人がこの安全な利用法を理解しているようです。
ブランコエリアの周りには、いくつもの岩が円形に並べられています。
この遊び場はカフェやショップ、ロッジが立ち並ぶ人通りの多い一角(車両は進入禁止)にあるため、通りを行く子どもが揺れるブランコへ不用意に駆け込む危険を減らす柵の役割を果たしているのでしょう。高さや間隔に変化をつけて並べられた岩は、荷物置き場やベンチとしても重宝されています。
もし、子どもが岩によじ登ったり渡り歩いたりして遊ぶケースに備えるなら、岩周辺の地面も現在のインターロッキングより衝撃吸収性の高い素材に替えるという選択肢がありそうです。
さて、通りに出て遊び場を回り込んでみると・・・
アーチ門がありました! どうやらこちらがメインの入り口だったようです。
複雑に絡み合う木の柱と板葺きのとんがり屋根というおとぎ話に登場しそうなエントランスが、子どもたちを魅力的な遊びの世界に誘います。
傍らの看板には、ここが複数の財団の寄付や自治体、NPOなどの支援でつくられたインクルーシブな遊び場で、バンクーバー・オリンピック・パラリンピック大会のレガシーでもあることが紹介されています。
アーチ門をくぐった正面には、ローラー滑り台があるツリーハウス風の複合遊具! 滑らかに磨き上げられた巨木をふんだんに用いたユニークなデザインですね。
じつはこの遊び場、ウィスラーらしさを反映した自然と遊びがテーマになっていて、既製の遊具とは一味違うオリジナリティが随所に発揮されています。
ウィスラーの森をイメージしたというこの複合遊具には・・・
幹の切り欠きやステップに足を掛けてデッキへよじ登るルート、丸太のらせん階段ルート、ネットクライマーなどさまざまな昇降手段があります。
そしてこちらがスロープルート。おや?左下に何かがうずくまっていますよ!
地元の森に棲むリンクスというオオヤマネコのブロンズ像です。
隣にはこのアート作品や遊び場に関する解説と、より詳しい情報を知りたい人がスマホ等で読み取れるQRコードを記したパネルがありました。同様のパネルは他にもウィスラー・ビレッジのあちこちにあるパブリックアートに添えられていて、訪れた人が作品の背景に触れながら町を楽しく散策できる仕掛けとなっています。
このリンクスが見つめる先には・・・
もう1頭のリンクスがいました! こちらは、向かいのリンクスと視線を合わせたままゆっくり歩き出そうとしているところ。
QRコードの情報によると、作者のPaul Harder氏がリンクスをモデルに選んだのは、子どもと同じくらいのサイズの動物で、アートの題材としてはあまり注目されてこなかった存在だから。子どもが興味を持ちやすく、近づいて触れたり乗ったりしながら親しむきっかけとなりますね。視覚に障害のある子どもも、珍しい野生動物の立ち姿と伏せた姿の両方を触って知ることができます。
ではスロープを先へと進んでみましょう。
柵がちょっと変わっていることにお気づきでしょうか。
複合遊具の柵といえば支柱の間に同じ太さの手すり子(縦の細い棒)が整然と並ぶのが一般的ですが、こちらは太さの異なる棒を交互に並べ、さらに太い手すり子は微妙に波打った形状です。ツリーハウスの表情豊かな天然木と、柵という人工物をうまく馴染ませるための工夫です。
スロープを上った先にあるのは赤いローラー滑り台や丸太のらせん階段などの他にもう一つ、中央の巨木の内部にある大きな洞のようなスペースです。中の壁には木の精と思われる彫刻が施されていてなかなかの迫力。子どもたちが「キャー! 木のお化けー!」などとはしゃいでは、口の部分の穴をくぐり抜けて向こうのスロープへと出入りしたり、はしごを伝って床下へ降りたりしています。
そう! このツリーハウスには床下にもスペースがあり、あちこちに出入りできる穴が開いている他、中には小さなベンチがしつらえられています。ただ天井が低く出入り口もミニサイズ。車いすや歩行器ユーザーの子どもは入れず、這って入るとしても大人が付き添うにはかなり窮屈です。
子どもだけの秘密基地のようなスペースには特別なワクワク感があります。それだけに、障害があってそこを利用できない子どもはひどくがっかりしたり疎外感を味わったりしがち・・・。車いすなどに乗る子どもが利用できる遊び要素が少ない複合遊具の場合は特に、よりアクセシブルで多様な子どもが楽しめる環境づくりが大切になってきます。
さて、木の柱の根元にご注目。地面が複雑に盛り上がっていますね。併せてゴムチップ舗装の色も塗り分けることで、まるでこの下にちゃんと木の根があり地中に広がっているかのようなイメージを誘います。
これものっぺりと単調で人工的な地面の代わりに、遊び場の自然な雰囲気を高めるための工夫! 地面の凹凸は車いすや歩行器のユーザーにとって通行のしにくさや転倒につながる場合もあるので、アクセスルートはしっかりと確保し、その他の部分で効果的に取り入れると面白いアイデアですね。
続いてこちらは、オリンピックに出場したカナダチームのボブスレーを模した乗り物!
車いすやベビーカーのまま乗り込めるゆったりサイズでアクセシブルなプラットフォームもあります。おそらく本来は前後に揺れる遊具ですが、この時は固定されていました。もしかすると、周囲に他の遊具や動線が迫っているため子どもたちが自由に揺らして遊ぶにはスペース的にやや手狭なのかもしれません。
こちらは2段のテーブル状になった水遊び場!
ウィスラー周辺には氷河を抱く高い山々がそびえており、そこから流れ下る雪解け水が川や湖へと注いでいます。水遊びテーブルはそうした氷河を表現したここならではデザイン! 車いすユーザーも接近しやすいよう、テーブルの下には空間が確保されています。
上のテーブルには赤い手押しポンプがあり、途中にはダムのように水を堰き止める仕掛け、変化に富んだ川の流れ、また下のテーブルへと流れ落ちる滝があるなどいろいろな楽しみ方ができます。夏の昼下がりの水遊び場はとても人気があり、初めて出会った子どもたちが声を掛け合って一緒に遊ぶ姿も見られました。
その隣には特徴的なプレイハウスが! 奥には緑の小さな滑り台も付いています。
曲がりくねった木の柱と板葺きの屋根・・・遊び場のアーチ門と似ていますね。じつは作者が同じ。レッドシダーやベイマツなど地元の木材でツリーハウスや遊具をつくるEric Scragg氏が手掛けたものです。
こちらがそのプレイハウスの入り口。
「この先に何があるのかな?」とワクワクするようなアプローチですね。
よく見ると柱だけでなく床面まで波打っているよう。通ると・・・ユラリ!
途中の2か所が吊り橋になっていました! 車いすに乗る幼い子どもを含め、多様な子どもたちが楽しく通り抜けられるアクセシブルな吊り橋ルートです。
アプローチの先には滑り台の他に、洞のような部屋や小さなテーブルとベンチ。
子どもたちはここでカウンターに座ったり、柱によじ登ったり、友達とおしゃべりをしたりと思い思いに過ごしています。小さなお店屋さんやカフェごっこなどもできそうですね。
こちらのプレイハウスにも床下にスペースがあります。やはり小さな子どもだけが出入りできるサイズ。
すると潜り込んでいた一人の子どもが突然「ママー!ヘビがいるっ!」と飛び出してきて、「大~丈夫よ、ヘビなんていないから」とたしなめられていました。ためしに出入り口からのぞき込んでみると・・・お母さん、ヘビいます(笑)
子どもたちが想像力を駆使して遊べるようにと、Scragg氏が木の根の形を活かして仕込んだサプライズでした。
遊び場には他に、友達と座ったり寝転んだりして楽しめる回転盤、山々やビレッジの景色を眺められる望遠鏡(支柱が二股に分かれていることで車いすユーザーも利用しやすい)。
そして伝声管や虹色のチャイムを備え、丸石やモザイクタイルなどで彩られたセンサリーウォールがあります。
このセンサリーウォールは、地元の作業療法士の方の提案が採用され実現したもの。2つの山は遊び場の正面にあるウィスラー・マウンテンとブラッコム・マウンテンを表していて、山肌を飾る葉っぱや雪の結晶のタイルは地域の子どもたちが色を塗ったものだそうですよ。
障害のある子どもを含めあらゆる子どもたちが、つるつるやザラザラのテクスチャーの違いを楽しんだり、のぞき穴から向こうをのぞいたり、チャイムで音を奏でたりと多様な感覚を活用して遊べる手作りのセンサリーウォールです。
また遊び場にはベンチや座る場所が豊富で、変化に富む植栽、地面に付けられたクマの足跡など、細部にも気を配り丁寧につくられた空間であることが伝わります。
ウィスラー・オリンピックプラザ・プレイグラウンド――
天然の木や岩を多用しユニークな工夫を盛り込むことで自然と遊びの融合を目指した小さな公園は、ウィスラーを訪れる家族連れに大変好評です。ここを満喫した人々の体験談や感動は口伝えで、また遊び場を楽しむ子どもの写真や動画と併せてブログやSNS、情報サイトなどで今も広がり続けています。それらは町の評判を高めると同時に、UD公園への理解や関心を広げることにも役立っています。
バンクーバー・オリンピック・パラリンピックを機に築かれたインクルーシブな遊び場は、ビッグイベントが去った後も多様な子どもとその未来に貢献している、価値あるレガシーです。