No.24 公園訪問inキャンベラ・オーストラリア

ジョージ・グレーガン・プレイグラウンド

 今回の訪問先は町の公園……ではなく、病院です! キャンベラ病院にある女性と子どものためのCentenary Hospital for Women and Childrenに、昨年(2013年11月)、ちょっと変わった遊び場がオープンしたのです。

写真:遊び場入口の表示

 遊び場をつくったのは、George Gregan Foundation
 この財団は、豪州はもとより世界的に有名な元ラグビー選手ジョージ・グレーガン氏(日本のトップリーグ、サントリーサンゴリアスでもプレーし2011年に引退)が2005年に夫婦で立ち上げたもので、オーストラリアの子ども病院に遊び場をつくる事業を中心に活動しています。
 これまでシドニーやブリスベンで実績を上げてきた財団にとって、ここは4つ目のプロジェクト。一体どんな空間が広がっているのでしょう? 病院の方に許可をもらって、見学スタートです!

 遊び場があるのは、四方を建物に囲まれた中庭部分。 ガラス張りの渡り廊下から扉を開けて足を踏み入れると、まずは大きく庇が張り出した半屋外スペースとなっていました。

 植栽やベンチ、大きなカエルのオブジェなどが点在するこの一角は、中央の光あふれる楽しげな遊び場と病院施設とを緩やかにつなぐアプローチの役割も果たしています。

 そこにド~ンと巨大な円柱が据えられていました。これは……洞穴!?

写真:直径2メートルほどの円柱が立っている。表面は岩壁風で、大きな入口から見える奥の暗い岩棚は一部が赤く光っている

 穴の奥で、炭の残り火を模した灯りが静かに揺らめいています。引き寄せられるように潜り込み、コウモリのぶら下がる暗い壁を見回すと……

写真:穴の内部。でこぼことした内壁の上にはコウモリと、頭上にたくさんの小さな光

 天井いっぱいに美しい光の粒が広がっていました! 澄んだ星空にも見えるそれは、オーストラリアの洞窟に生息する土ボタルの光を表現したもの。
 ミステリアスで幻想的な空間は、子どもたちを冒険や空想の世界へと一気に連れ出してくれそうですね。

 穴から出たところで、何やら派手なテーブルを発見。
 四角く塗り分けられた100個のマスの上に、金属製のはしごと蛇がたくさん配されています。これは、欧米でおなじみの「スネークス・アンド・ラダーズ」というすごろくゲームのボード。

 ここでの遊び方は、まず左下の「1」のマスに参加者がコマを置いて、左上にある小さな蛇のルーレットを一人ずつ回します。ルーレットが指した数だけ順にコマを進め、「99」のマスに早くたどりついた人が勝ち! ただし途中で、はしごの下端がかかるマスに止まると上端がかかるマスまでワープでき、蛇の頭がかかるマスに止まるとしっぽが指すマスまで後戻りしなければならないルールです。

 ボードが再現されているのは、車いすに乗る子どもも四方からアクセスしやすいテーブルの上。また通常は絵で描かれているだけのマス・数字・はしご・蛇を立体にすることで、視覚に障害のある子どもも触って認識しながらゲームを楽しめます。蛇のリアルさに思わず後ずさりしちゃう人もいそうですが、なかなか粋なデザインですね。

 この半屋外スペースには他に、クモの巣を模した小さなネット遊具や、ユーモラスな蛇の姿をした平均台、乗り込んで揺れを楽しめる鳥の巣のような遊具もありました。ここなら、太陽の下でアクティブに遊ぶことが難しい子どもにも、また雨の日の遊びにも好都合です。

 続いて、屋外の遊び場へ出てみましょう!

写真:日差しが降り注ぐ中庭。中央に木製の複合遊具
写真:遊具の柱や一本橋に用いられているのは、幹の歪みやくぼみを活かし、滑らかに磨き上げた丸太

 中央にあったのは、幹の歪みをそのまま生かしたワイルドな木製複合遊具!  スロープはなく、介助者が同行するには手狭ですし、子どもが木登り感覚であちこちに登ることを考えれば安全とは言えない箇所はあるものの、ありきたりの既製品にはない表情の豊かさがとても魅力的です。

写真:小屋の形をした2回デッキから延びるステンレス製のチューブ滑り台。屋根の上にサルがいる
写真:複合遊具の周りには、高さ4メートルほどの丸太で作ったキリンやヤシの木が立っている。遊具から離して安全領域を確保した方が良いケースも

 首を長く伸ばしたキリン、梢の鳥、屋根で遊ぶサルなど、おどけた表情の動物が高い場所にたくさん! これなら、病院の2階や3階の窓から見下ろす子どもたちも楽しめますね。

 動物たちは地面にもいます。のっそりと岸に上がるワニや、今にも鼻から水を吹き出しそうな小象……。数々のリアルな動物に囲まれていると、まるで自分がジャングルに迷い込んだような気分です。

 設計者たちがこうした環境づくりにこだわったのには、理由がありました。  遊び場を計画する際、子どもたちに意見を求めたところ、「アフリカやオーストラリアの野生動物がいるところで遊びたい!」とリクエストがあったそうです。 そして、「自分たちが病院にいるってことを忘れたい」という声も――。  

 その願いは、こんな形でもサポートされています!

写真:柱に取り付けられたボックス。正面にハンドル付きの円盤

 前の取っ手を握って黒い円盤をグルグル回転させると、スピーカーから動物や鳥の鳴き声などが流れ出す装置です。

写真:ボックスの上部に表示されたパネル。ゴンドワナランドの文字と、4つのボタンそれぞれの音のリストが書かれている

 全部で20種類以上ある音は、操作盤に並ぶ4つのボタンを押す度に変わります。オーストラリアに棲むワライカワセミやディンゴの鳴き声から、先住民族アボリジニの伝統楽器ディジュリドゥの調べ、アフリカの象やゴリラの鳴き声、森の奥から響くドラムの音、川面を進むカヌーのパドルが立てる水音まで!

 ちなみに、パネルに書かれたGondwanalandとは、はるか昔、アフリカ大陸とオーストラリア大陸が離れ離れになる前に存在したと考えられる超大陸の名前です。壮大なロマンを感じちゃいますね。

 じつはこの装置、もともと国立公園などのセルフガイドツアー用に北米で開発されたものです。電源を確保できない大自然の中でも、必要な人がハンドルを回して発電することで音声案内が聞けるというわけ。しかしこの「グルグル」の動作自体が、なんだか楽しい! 遊び場に採用するとはナイスアイデアですね。

 「今度は何の音かな?」先ほどから女の子たちが代わる代わるハンドルを回しているので、遊び場はますますジャングルの臨場感たっぷりです。さあ、探検を続けましょう!

写真:遊具や植え込みを配した遊び場。やや向き合う形で設置され2つのハンギングチェア

 ゴムチップ舗装の地面は青と茶色と緑に塗り分けられ、それぞれ川や沼、岸辺、草地を表現。そこへウッドチップや植栽、人工芝を効果的に織り交ぜ、陸地が形成されています。

 川に浮かぶ木彫りのカヌーや、大きく傾きながら川渡りに挑むレンジャーの車、木陰のハンギングチェアなどの楽しい趣向が想像力を掻き立て、子どもたちの冒険物語はどんどん広がりそうです。

写真:片膝を立てて座る大きなゴリラ。差し出した手の平は、大人が腰かけても快適

 圧巻は、座高が2.5メートルほどもある巨大なゴリラ!  毛の流れから手や顔のしわ、足の爪に至るまでじつにリアルです。ゴリラの差し出す右手から肩や頭の上へとよじ登って遊ぶ男の子の姿がありました。包容力あふれる頼もしい遊び相手といった存在です。

 ゴリラの前には、木箱を積んだいかだを模したスプリング遊具が! 乗るとゆらゆらと弾み、川下りの気分を盛り上げてくれます。両脇の木箱が、椅子や背もたれ、また転落防止のガードにもなりそうですね。おや、箱の陰にトンボが止まっています。この遊び場、よく見ると遊具の柱やベンチの下に、カエルやトカゲなどの小さな生き物がいくつも隠れているんですよ!

 他にこんな工夫も……。

 アルファベットとその文字で始まる単語にそれぞれの点字と手話表現を記したパネルが、遊び場のあちこちに貼られています。パネルは子どもの背の高さを考慮して、どれも低い位置に表示。また、アルファベットは指で触っても認識できるよう、少し盛り上がっているんですよ。視覚や聴覚に障害のある子どもが文字やコミュニケーションに興味を持ったり、多様な子どもが友達になったりするのを助ける小さな手掛かりです。

 そうしたパネルの中に、生物のイラストとQRコードを示したものもありました。ここではカエルの絵と、下に「池と丸太に隠れている2匹のカエルを見つけられるかな?」という問いが書かれています。先ほどのトンボのように、遊び場に潜む小さな生き物を探すクイズです。またこのQRコードをスマートフォンなどで読み取ると、カエル(南オーストラリアに棲むGrowling grass frog)を紹介するウェブページにつながり、写真を見たり生態を学んだり、鳴き声も聞ける仕掛けになっていました。よ~く探せば、トンボやトカゲのQRコードパネルもあるようですよ。

 さらに遊び場には、グロッソプテリスという2億7千万年前の植物の化石も! 子どもたちが自然環境や地球の歴史に関心を持つきっかけが、巧みに組み込まれています。

 最後に、遊び場を囲む建物に注目してみましょう。 壁はアースカラーで統一され、窓はアフリカの風景を描いたメッシュフィルムを貼ったり、マジックミラーにして広がりを演出したりと、遊び場の雰囲気を高めるための工夫が徹底されています。
 財団だけでなく病院側も、子どもにとっての遊びの大切さを理解し重視していることが伝わってきますね。

写真:柱に掲示された財団のロゴと、協力者の名前やメッセージが書かれたタイル

 そもそも、グレーガン氏がこの活動を始めたのは、息子のマックス君が4歳の時に発作を起こし、シドニーの子ども病院に入院したことがきっかけでした。てんかんの診断が下り、治療の結果、息子さんの症状は安定して元気になったのですが、しばらく病院で過ごした夫妻はあることに気づきます。そこには、病気やけがで入院している子どもと家族が、外へ出て楽しんだり息抜きをしたりできる遊び環境がなかったのです。
 夫妻が翌年に立ち上げた財団はその後、多くの協力者から寄付やプロボノによる支援を得ながら、子ども病院に一つ、また一つと遊び場を提供しています。

 彼らのもとには、遊び場を利用した親たちからこんなメッセージが届いています。
 (George Gregan Foundationのウェブサイトとフェイスブックより)

「とにかくお礼が言いたくて。1歳の娘が心臓手術を受けました。病院のベッドに寝たきりの間、娘は窓からあなた方の遊び場を眺めるのがお気に入りでした。素敵な遊び場が彼女の退屈を紛らせ、楽しませてくれたのです。少し回復してからはバルコニーから憧れの遊び場を眺めていたのですが、ついに今日、娘と実際に出向いて30分ほど遊ぶことができました。娘は手足をバタバタと動かしてそれはもう大喜び――病気になる前のあの子に戻って、スプリング遊具やブランコを心から楽しんでいました。あの遊び場は親にとっても素晴らしい場所です。面会に来た上の子たちと特別な時間を過ごしたい時、外に出て新鮮な空気が吸いたくなった時、そして心を慰めようにも万策尽きて途方に暮れてしまった時も、遊び場が見事に救ってくれます。私たちの困難な時期をうんと乗り越えやすくしてくれて、本当にありがとうございます」

「重い難病の息子を連れて、あなたの遊び場を訪れる度に嬉し涙がこぼれます。そこは息子が『子ども』になれる場所なんです。遊び場で楽しむ彼は、他の子たちと変わりなく見えます。そんな息子の姿は私たちの喜びでもあります。彼のきょうだいたちも、病院であることを感じさせないこの遊び場が大好きです。ここで過ごす私たちの日々を楽しいものに変えてくれてありがとう。あなたの遊び場が、家族にどれほど大きな力を与えてくれていることか。正直、息子の笑顔は貴重ですから。感謝します。うちの小さな息子たちを『子ども』でいさせてくれてありがとう」

 私たちは、今回ご紹介したキャンベラ病院の他に、シドニーで2つの病院にあるジョージ グレーガン プレイグラウンドを見学しました。いずれも野性味豊かで独特の世界観があり、子どもを冒険の旅に誘う引力を持った遊び場でした。そこでは、子どもを遊ばせながらついうたた寝をするお母さんや、お見舞いに訪れた人とベンチブランコで揺れながら語り合う親たちの姿を目にしました。彼らの傍らには、草や木や小さな生き物たちがそっと寄り添っています。

 病院で過ごす子どもと家族のために、George Gregan Foundationによる遊び環境づくりは、現在も進行中。間もなくブリスベンで、5つ目の遊び場が誕生するそうです!