エリー湖の南岸に位置するオハイオ州第二の都市クリーブランド。 その郊外の町ビーチウッドのユダヤ人コミュニティセンター(Mandel Jewish Community Center)が、ある男の子と家族の夢をかなえるため、敷地の一角(6千㎡近く)を提供すると申し出ました。
男の子の名前はPreston。脊髄性筋萎縮症のため車いすに乗っています。彼らの夢は、誰もが一緒に楽しめる遊び場をつくることでした。
彼の母親と友人は夢の実現に向けて熱心に取り組み、7年間で約3億円もの資金を集めたそうです。2006年に完成を迎えたその公園は『Preston’s H.O.P.E.』と名付けられました。「プレストンの希望」という意味ですが、”HOPE”は”Helping Others Play and Enjoy”の頭文字でもあり、「みんなで助け合って楽しく遊ぼう」という願いが込められています。
もちろん民族や宗教に関係なく、誰もが利用できるユニバーサルな公園です。しかもとってもユニークな特徴があると聞き、オープンから6年目を迎えた8月のある朝早く、現地を訪れました。 前日からの気まぐれな雨がなんとか止んでくれた中、見学スタートです!
公園の入り口に向かう道にはタイルが敷き詰められています。これらは寄付によるもので、1枚1枚に支援者である個人や企業の名前、また「遊びは大切。いっぱい遊んで!」といったメッセージが刻まれています。仲良しグループが友情の証として、夫婦が銀婚式の記念に、亡くなった家族に捧げて・・・たくさんの人がそれぞれの思いでこの公園づくりを支援したことが伝わります。
大きく開いた入り口の門を抜けて進むと、屋根付きのピクニックエリアがありました。
ここのテーブル、中央がチェス盤になっていますよ! アメリカでは公園などの屋外でもチェスが楽しまれており、愛好者は子どもからお年寄りまで幅広い世代に渡ります。
もう一つ発見! それぞれ四角いテーブルに取り付けられた椅子を数えると、4つ、3つ、2つといろいろです。椅子のない席は、車いすやベビーカーにとってアクセスが容易。利用者が席のレイアウトを選べるようにすることで、多様なグループが無理なくテーブルを囲んでピクニックを楽しめるのはもちろん、チェスでも車いすの人とそうでない人との対戦や、車いすの人どうしの対戦が可能というわけです。
続いて現れたのは、かわいらしい蒸気機関車!
客車とその出入り口は幅がゆったりで、地面は外から客車、運転席までが全てフラットです。遊び場に置かれる汽車にはたいてい段差があって、車いすや歩行器を使う子どもが乗り込めない、また客車部分にはアクセスできても一段高い運転席には着けないケースが多いもの。でもここでは、誰もがお客さん役と運転士さん役の両方を体験できます。
汽車の前方に広がるのは、小ぶりでカラフルな家々、街路樹、石畳のラウンドアバウト(円形交差点)、それに交差するアスファルトの道路・・・と、まるで小さな町のような景色! これこそ、この遊び場の最大の特徴です。
ワクワクしながらまず右の道路を進むと、たどり着いたのは冒険エリア。広場に点在するワニのオブジェや恐竜のスプリング遊具、サファリカーの他に見つけたのは・・・
園路からアクセスできる木製のボート! この時は乗っても揺れる気配がなかったのですが、大人が力を入れて動かすと前後に揺れるのだとか。動くボートに他の子どもがぶつかる危険を避けるため、船体はフェンスの外側に設置したようです。
隣は砂遊び場。車いすからも操作ができるショベル遊具もありますね。
アメリカのUD公園には縁のない砂場が多いのですが、ここは地面から数センチの高さの縁が設けられています。これにより、園路から車いすの車輪がうっかり砂場に落ち込んで動けなくなるといった心配がありません。
ただし縁を設けることにはデメリットもあります。砂場の外に出た砂を簡単に中へ掃き戻すことができません。きっとそのための対策として、縁の所々に切れ目が設けられているのでしょう。
砂場の中にも楽しい工夫がありましたよ。砂の下には恐竜の化石を模したプレートが埋まっています! みんなで協力して発掘したり、視覚に障害がある子どもも触って骨の形を確かめたりできるアイテムです。
また砂場の隣には、車いすや立った姿勢でアクセスしやすい砂遊びテーブルも設置されていました。(この日は中に雨水が溜まっていたので「泥遊びテーブル」?!)
続いて、砂場の先にスロープの入り口を発見! ここからいよいよ、町エリアへと出かけましょう。
スロープの幅はちょうど2m。車いすはもちろん双子用のベビーカーだって余裕ですれ違えます。床面にはザラザラとした表面加工が施され、滑り止めの役目を果たしています。また細かな穴がたくさん開いているので、今日のような雨上がりでも水溜まりができません。
スロープの先に現れたカラフルな家々は全部で7軒あり(町役場、学校、消防署、銀行、建築事務所、洋服屋さん&美容室、フィットネスジム)、そのうち4軒が二階建て。スロープはそのすべての二階部分に通じ、町の反対側までつながっているのです。高い所から眺める小さな町の景色も素敵ですね。
この通路の途中にはプレイパネルの他、滑り台やウォールクライミングなどの遊び要素がいくつも設けられています。朝早くから遊びに来ていた子どもたちが、これらを駆使してスケールの大きな追いかけっこをしていました。さらに別の家族連れは、「ぼく、銀行が一番好き!」「私はねー、ジムに行きたい!健康づくりしなくちゃっ!お父さんも行こ」と家から家を賑やかに渡り歩いています。
建物の内部に家具などはありませんが、壁を中心に遊びや学びのきっかけとなるパネルや鏡が工夫され、それぞれ特徴のある空間づくりがされています。 いくつかご紹介すると・・・
こちらは学校。壁には黒板やアルファベットなどの掲示物、後ろには生徒用のロッカー扉を模したパネルが設置されています。そこへ、天井のスピーカーから子どもたちや先生の声が聞こえてきました! 人感センサーが作動すると環境音が流れ、聴覚からもその場所の雰囲気を感じ取れるようになっているんですね。
こちらは消防署。壁に消防服やヘルメットのパネルが掛かっています。さらに、服に火がついてしまった時の対処法を簡単なキーワードとイラストで示した看板も。身を守るための重要な情報は、子どもが見やすい低い位置に掲示されています。
また、消防車は壁にパネルを貼り付け、運転席部分のみをシンプルに囲ったもの。これで「アクセスのしやすさ」、「省スペース」、「ローコスト」の三つを実現しています。
おや、銀行の入り口に掲げられているは、アメリカ最大手の銀行Bank of Americaのロゴ!? はい。実際にこの建物のスポンサーを務めているのです。(他の建物にも、寄付をしたスポンサーや建築に当たった業者など、さまざまな形での支援者が存在し、壁のプレート等で紹介されています)
そして一階の入り口脇には、アメリカでお馴染のドライブスルーATM。車いすやお気に入りの三輪車でここに乗り付けてお金を引き出し、洋服屋さんでショッピング・・・なんて楽しそうですよね。
どの建物も造りはシンプルで、キッザニア(お仕事体験ができるテーマパーク)にあるような充実の設備も小道具も大人スタッフも存在しません。しかし子どもたちは、ここでどれほどユニークで多彩な物語を繰り広げてきたことでしょう。ここは、子どもの想像力を信頼してつくられた町です。
町エリアに面した一角には、幼児向けの広い遊び場がありました。複合遊具や回転遊具、背もたれ付きのブランコにタイヤブランコもあります。 ちなみにこの公園のゴムチップ舗装は、他のUD公園と比べてクッション性が高く、大人も思わずジャンプしたくなる弾み具合。小さな子どもたちがご機嫌で走り回っていました。
地面には色違いのゴムチップで遊び場を流れる川やそこで泳ぐ魚がデザインされ、途中に小さな橋が架けられています。といっても実際は橋の形をしたアイテムを地面に設置しただけ。それでも遊び場の雰囲気づくりに貢献し、子どもがつい渡りたくなる楽しい遊びポイントになっていました。
さらに奥には、やや難易度の高い遊具が置かれた学童向けの遊びエリアがあります。
勾配のある土地をいくつかの細長い段に分けて遊具を配置。ごく緩やかなつづら折になった段を進んでいくうちに、登る、滑る、エクササイズ、ボール遊び・・・とバラエティに富んだ体験ができるようになっています。
上下の段はスロープ、階段、トンネル等でいろいろなつながり方をしているので、自分で車いすをこいでスロープを上がった子どもが滑り台を降りた後、残った車いすを大人が階段で下に運ぶといった動線も比較的スムーズです。
最後にやってきたのは、シアターエリア。後ろの客席からステージに向かって地面が徐々に低くなっていく設計で、お客さんは舞台全体を見下ろすことができます。
一番後ろにあるのがテーブル席。ピクニックエリアと同様、テーブル毎に椅子の数がまちまちです。その前には、寄付によるタイルが敷かれたベンチ席。両脇にはゆったりとした幅のスロープ通路があり、もちろん客席から舞台までがフルアクセシブルです。 ステージ側に立つと、扇状に広がる客席とその奥の木々や町並みまでもに、優しく包み込まれているような感覚になる空間でした。
Preston’s H.O.P.E.の完成は、多くの人の生活に変化をもたらしました。
障害のある子どもには兄弟姉妹や友だちと一緒に遊ぶ機会が生まれ、その家族には週末にそろって出かけられる楽しいレジャーの時間ができ、特別支援学校の先生たちは「状態が様々な児童がみんなで存分に楽しめる、とても貴重な遠足の行き先ができた」と感激しています。
「公園でみんなと遊びたいという夢を持っているのは自分たちだけじゃないはず」との思いから、様々な障害を持つたくさんの子どもや大人のニーズを調べたり、協力者を募ったりして夢を実現したPreston親子と友人たち。公園を取材したメディアのビデオには、開園時に9歳になっていたPrestonくんが、電動車いすを操って友達と遊んだり、笑顔でレポーターを案内したりする姿が残されています。彼はその2年後、静かに生涯を閉じました。
今回、実際に公園を見学する中で、Prestonくんが抱いていた希望は、遊び場の実現よりさらに未来を見据えたものだったのではないか、という思いが強くなりました。
かわいらしい家々、手入れが行き届いた街路樹、ベンチや消火栓までもが景色に溶け込んだ本物さながらの小さな町で、子どもたちはエリアを自由に行き来しながら、みんなで遊んだり、勉強したり、働いたり、買い物をしたり、化石や恐竜を探す冒険に出かけたりしていました。この公園には、多様な人が出会い、生き生きと共存するコミュニティの姿が具現化されているのです。
ここでさまざまな友だちとともに遊ぶ経験を積んだ子どもたちは、将来どんな社会を築いていくでしょう――
Prestonくんと彼を支援した人々の大きな夢は、きっと今も進行中です。
この公園のウェブサイト「Preston’s H.O.P.E.」(英語)から、遊び場の写真やビデオがご覧いただけます。