イギリス西ロンドンの閑静な住宅街の中に、「ロケットパーク」の名で地元の人々に親しまれてきた小さな公園があります。その公園が2008年の秋、障害のある子もない子もいっしょに利用できる遊び場として生まれ変わり、再オープンしました!
公園のリニューアルは、自治体の資金だけでなく、「Wooden Spoon」(ラグビーやスポーツを通したチャリティ事業をもとに障害のある子どもや若者を支援する団体)など複数の財団からの寄付を得て行われました。
この公園のUD化を提案し、実現まで導いたのはカトリーナさんという1人の女性です。
カトリーナさんの長女エマさんは、脳性まひにより車いすを利用していて、小さな頃から公園で遊ぶことができずにいました。やがて娘さんは、身体障害をもつ初めての生徒としてある一般中学校に入学します。カトリーナさんはそこで、多様な子どもたちがインクルーシブな環境で育つことの価値を実感されたそうです。
こうした経験から、彼女は一つの夢を抱くようになりました。
「障害のある子どもが、みんなといっしょに遊べる公園をつくりたい」
カトリーナさんは、夫と知人の3人で「Karers-4-Kids」というグループを立ち上げ、活動を始めました。学校や地域の家族たちと協力をして、公園の計画や資金集めなどに6年もの歳月をかけ、ついに完成したのがこの「新・ロケットパーク」です。
そこには、いったいどんな工夫があるのでしょう? 実際に訪ねてみました。
公園に入ってまず目を引くのは、まるで車道のようにデザインされた園路です。中央線や停止線、ラウンドアバウト(信号がなく一方通行で利用するロータリー交差点)まであり、子どもたちがちょっとした交通ルールを学ぶ場にもなりそうですね。
もちろん園路は公園じゅうに張り巡らされていて、だれもがすべての遊具にアクセスできるようになっています。
カトリーナさんたちが、障害のある子どもや親、教員やケアワーカーたちに海外を含むいろいろな公園を視察してもらった上で「公園に必要なのは何か」を尋ねたところ、圧倒的だったのは「アクセシビリティ」に関する要望だったそうです。だれもが行けて、実際に利用できる遊び場であれば、そこは多様な子どもたちが関わり合える場になるはずだからです。
じつは自治体も、改装するいくつかの公園に、車いすに乗る子どものことを考慮した遊具や設備を導入しつつはあったそうですが、当事者である家族たちは、より自分たちのニーズをしっかりと把握しデザインされた公園を望んでいたのです。
カトリーナさんのコメントです。
「地域につくられる施設は、提供者側の都合ではなく、地域住民のニーズに沿ったものであるべきですから」
それでは、園路をたどって公園を巡ってみるとしましょう。 園路のわきに、「○○街道」「○○小路」と通りの名称を記した案内標識が立っています。通りの名前は、公園づくりに協力した財団にちなんで付けられていました。出資者たちへ感謝を示すのにも、遊び場とうまく調和したさりげない形が取られているんですね。
ところでこの広くて充実した園路は、障害のある子どもに遊具へのアクセシビリティを提供する以外に、もう一つ役割を担っているそうです。 それは、車いすや歩行器の練習コースです。
私たちが日本で話を伺った方たちの中にも、いつも人が減る夕方まで待ってから公園へ行き、広場で歩行器の練習をしているという親子がおられました。おおぜいの子どもたちが走り回ったりボール遊びをしたりしている昼間では、なかなか練習ができないのです。また車いすマラソンや障害者スポーツ大会に向けた練習や体力づくりをするための安全な場所がなく、困っている子どもたちもいました。
こうした子どもたちにとって、人や車の往来を気にすることなく、のびのびと車いすや歩行器の練習したり、思いきり体を動かしたりできる場所があるというのはとても貴重なことなのです。
さて園路を進むと、ラウンドアバウトの中にちょっと変わった回転遊具を見つけました。
ピンクと水色に塗られた円盤の部分がくるくると回る仕掛けです。通常、このタイプの遊具は、回転盤が地面より一段高くなっているもの・・・。でもこれはまったくフラットで段差がありません! 地面から車いすごと回転盤に乗り込めるようにするためです。
それにしても、車いすに乗った状態で回転するなんてちょっと危険ではないでしょうか? たとえ車いすのブレーキをかけて、手すりにギュッとつかまったとしても、遠心力で外に放り出されてしまうのでは?
そこにはこんな安全策が取られていました。
回転盤に乗り込む入口の両脇にある青いパネルは、真上に数センチ持ち上げるとロックが外れ、ドアのように動く仕組みになっています。
車いすで乗り込んだ後、他の人が2つのパネルを動かして扉を閉めるように入口をふさぎ、「ガチャン」と下ろすとロックがかかって準備完了! パネルが車いすの飛び出しを防ぐ柵になるというわけです。
また他に、ひじ掛けや身体を支えるバーの付いたシートもあるので、椅子に座った姿勢で回転を楽しむこともできますね。
回転遊具は、公園などで事故が相次ぎ、日本で撤去が進んでいる遊具の一つです。事故の状況としては、回転盤の中央に立っている支柱に開いた穴や隙間に指や服の袖が巻き込まれたり、回転盤とその下にある遊具の台座との間に手が挟まったり、また遠心力で遊具から振り落とされ、地面に体や頭を強く打ちつけるといったケースが多いようです。
しかしこちらの遊具には中央の支柱も段差もなく、巻き込みや挟み込みが起こりにくい構造ですし、地下部分にはスピードの出過ぎを抑制する機能もあるのだとか(実際に回してみると、ちょっと重い感じでした)。さらに遊具の周囲の地面(赤茶色の部分)には、衝撃を吸収するゴムチップ舗装が施されています。
事故の原因を探って一つひとつ危険を取り除き、さらに多様な子どものための新たな工夫まで加えたこの遊具からは、「できるだけ多くの子どもに楽しい遊びの体験を提供したい」という開発者の熱意が伝わってくるようでした。
こちらは滑り台の付いた複合遊具です。あれ?スロープも階段もありませんね。
代わりにあるのは、床にかまぼこ状のゴム製の突起が等間隔に付けられた坂道・・・。どうやら車いすや歩行器のまま2階のデッキに上がることは想定されていないようです。
じつはこの公園、遊びだけでなくリハビリの観点を取り入れてつくられています。実際、平日の昼間は、地元の特別支援学校の子どもたちがスポーツやレクリエーションを楽しむ場としてここを利用しています。この変わった坂道は、障害のある子どもも車いすから降りて、手すりを持ち、ゴム板を足掛かりにしながら上がることを促す意図があるのかもしれません。
また滑り台の滑走面は、子どもが大人の介助者といっしょに滑れるよう、幅広につくられています。その表面はツルツルで、ちょっとドキドキするスリリングな滑り心地でしたよ。
続いてこちらは、直径1メートルほどの浅いざるのような形をしたブランコ。 クモの巣状に編まれたネット部分に、座ったり寝転んだりして遊びます。体幹を支持することが難しい子どもも自由な姿勢でゆったりと揺れを楽しめますし、友だちや大人の人といっしょに乗ることもできますね。
園路の横に、ちょっと変わった形のピクニックテーブルがいくつか置かれていました。
車いすユーザーも他のみんなと隣どうしで座れるよう、ベンチやテーブルの形が工夫されています。これらは、カトリーナさんたちの意見をもとにつくられたオリジナル製品なんですって!
おや、カラフルな巨大色鉛筆がたくさん並んでいます。かわいいですね。 この色鉛筆の列によって、園路(右側)と、ボールを投げ入れて遊ぶゴールの立っているエリア(左側)が緩やかに分けられているようです。
それにこの色鉛筆、間をジグザグと縫うように駆け抜けるスラロームの練習にも役立ちそう――。車いす、歩行器、三輪車、ラジコンカー・・・子どもによってきっといろんな遊び方があるのでしょうね。
最後にブランコエリアをご紹介します。
一般的な板ブランコと、四角いかごのような形をした幼児用のブランコ、そして背もたれの付いたシート型ブランコの3種類がありました。いずれもチェーンで吊るされていますが、指を挟んでしまう危険を減らすため、子どもが手で握りそうな部分には長いパーツの鎖が使われています。
そしてもう一つの工夫が、こちら! ブランコエリアの安全柵にご注目ください。
日本では、エリア全体を横長に囲うようにして、ブランコの前方(と後方)に柵が設けられることが多いのですが、ここではブランコの動きと並行してレーンを縦長に区切るよう、柵がサイドに設置されています。
私たちにはおなじみの、前や後ろに柵がある場合(とくにブランコから十分な距離が確保されていない場合)、柵の内側に入った子どもが、こがれているブランコのすぐ前後を走って横切ろうとして衝突するという事故があります。中には、ぶつかる前にブランコの接近に気付き、とっさに離れようとしたものの、柵に阻まれてうまく逃げられなかったというケースもあるようです。
各ブランコのサイドに設けられた安全柵は、これらの危険を減らす狙いがあるのです。
何度かヒヤッとする経験をもちながらも「これが当たり前」と思っていたようなことでも、「角度を変えて考えれば、違う解決策が見えてくるかも!?」ということに気付かされます。
さて今回は、西ロンドンにオープンした公園「ロケットパーク」をご紹介しました。
そこは緑の木々と小さな芝生の丘、そしてあらゆる子どものために工夫された遊具を配した素敵な遊び場でした。今や地元の子どもたちに最も人気があるというこの公園では、重い障害をもつ子どもも参加してイベントなどが開かれるそうです。
一市民であるカトリーナさんが、この誰もがいっしょに遊べる公園づくりを提案し、協力者を募り、自治体と交渉し、資金をかき集め、実現にこぎつけるまでの6年間の道のりは決して平たんではありませんでした。
公園の完成を祝うオープニングイベントの日、「障害児のために考えられた地域の公園はおそらく国内初!」ということで、複数のメディアが取材に訪れました。
記者の方から、「『自分の地域にもこんな公園がほしい』と願う障害児の家族たちに何かアドバイスを」と問われたカトリーナさんは、次のような言葉を送っています。
「とにかく『あきらめないで』と言いたいです。 だれでも新しい何かに挑戦しようとすれば、必ず抵抗にあうもの。 それでも後に退かず、あなたの思いを貫いて下さい。 ― Just stick to your guns. 」
これは、遠く日本に住む私たちにも向けられている言葉のような気がします。
今回このレポートを書くにあたって、私たちに貴重な情報や資料を快く提供して下さったKatrina(カトリーナ)さんに、心からお礼を申し上げます。