障害のある子どももない子どもも共に楽しめる遊び場として都立公園で最初に整備された砧公園「みんなのひろば」。
レポート前編では、この遊び場の事業化からオープン(2020年3月)までのいわば『つくる』過程を、そこに携わった様々な「人」に焦点を当ててご紹介しました。
後編では完成した遊び場を『育てる』過程、つまりここを名実ともに「“みんなの”ひろば」といえるインクルーシブな場にしていくための取組みについてお伝えします。
立場の異なるいろいろな人が連携しながら、より良い遊び場を目指しておられます。
公園管理者の人々(管理と運営)
じつは「みんなのひろば」がまだ建設中だった2019年の秋、砧公園の指定管理者である公益財団法人東京都公園協会さんから「みーんなの公園プロジェクト」にお声掛けがあり、事業開発部の方々とお会いする機会を得ました。
そこでの率直な対話から知ったのは、「インクルーシブ」という新たなコンセプトの遊び場に対する管理者の方たちの戸惑いです。「従来とは違う遊具や環境の安全をいかに確保していくか」「様々な障害のある子どもにどう対応するべきか」「利用者間でどんなトラブルが起こりうるか」など、未知の課題や懸念を前にかなり身構えておられる印象でした。
当方からはひとまず、海外の先進事例の様子や国内の多様な利用者のニーズなどについてお伝えしたのですが、この時、私たちは「みんなのひろば」が具体的にどんな遊び場になるのかを知る立場になく、仮にわかっていたとしても、インクルーシブな遊び場をほぼ初体験する日本の子どもや大人の反応は予測しきれない部分もあり、正直なところあまりお役には立てませんでした。
最終的に答えを導き出されたのは、現場で日々の管理運営にあたった職員の皆さんご自身でした。
砧公園サービスセンターの方々は、オープン初日から遊び場の利用状況や子どもたちの動きを熱心に観察され、幅広いユーザーが不便や危険を感じる箇所を見つけては一つひとつ対応。掲示物の工夫や地域の活動団体との協力を通して、コンセプトの理解促進への策も講じていかれました。
その姿勢は遊び場の開園から4年が経つ今も変わらず、「みんなのひろば」はより多様な人が安心して訪れられる場所へと少しずつ進化しています。
昨年、サービスセンター長やスタッフの方にうかがったお話です。
・環境もプログラムも、工夫次第で障害のある子どももない子どもも一緒に楽しめるようになる。実際に多様な親子と接するうちに、「障害があるから特別」ということではなく「みんな同じ子どもだ」と理解できた。
・特に開園当初は遊具の使い方や順番待ちなどへの苦言も寄せられたが、呼びかけ等で利用者の理解や協力も進み、これまで事故などのトラブルはほとんどない。繰り返し訪れる近隣住民も多く、今では利用者どうしが優しく声を掛け合える雰囲気がある。「インクルーシブ」というコンセプトの理解も広がってきたと感じる。
・遊び場のオープン以来、「現場で気づいたことや自分たちにできることは何でもやろう!」とハードの改善やソフトの充実に努めてきた。ただ広大な公園全体を管理していることもあり、自分たちだけでは気づけない点も多い。いろいろな取組みが実現できているのは、遊びや障害のある子どもに詳しい地域活動団体の協力があってこそ(後述)。
近年、遊び場での事故やトラブル、クレームを防ぐためにルールをどんどん増やしたり紋切り型の対応をしたりするケースも見られますが、ここではまず人と向き合った上で、あるべき遊び場の姿を見据えた工夫を積極的に試していく姿勢が大切にされています。
★ここに注目/公園管理者の人々
現場での観察や利用者との対話に基づくニーズへの気づきと柔軟な対応により、安全性や利便性の向上を図る。地域の支援団体と緊密に連携することで、子どもたちを含む多様な利用者への理解を深め、誰もが訪れやすく共に楽しめる遊び場を目指し続けている。
地域の活動団体の人々(調査と利活用の促進)
“インクルーシブ公園”のモデルケースとなるこの遊び場を「どうつくるか」だけでなく「どう活かすか」も重視していた東京都。
「みんなのひろば」では、子どもの遊びや多様な親子を支援する活動団体の協力を得て、現地の利用者調査やコンセプトの理解促進に向けた取組みが実施されてきました。
例えば2020年の夏から秋に行われた利用者等へのアンケート&ヒアリング調査。
担当された一般社団法人TOKYO PLAYさん(※1)は、「みんなのひろば」にプレイワーカーや遊びの小道具などを配し多様な親子が訪れやすい環境を整えた上で、利用者や関係者の声を幅広く集めました。調査の詳しい結果は都への報告書にまとめられ、その一部は冊子『公園のこと、みんなの声からはじめよう!』にも紹介されています。
また調査以外の場面でも遊びの支援者として、様々な利用者、特に子どもたちのニーズや思いを敏感にキャッチしては、管理者や保護者の方たちとも共有。
遊びの中で一人ひとりの主体性を尊重したり、子どもが自ら育つ力を信頼したりする意識が、大人たちの間にじわりと浸透していきます。
※1 TOKYO PLAY: “Play Friendly Tokyo/子どもの遊びにやさしい東京を”をビジョンに掲げ、自治体や地域住民と協力しながら、子どもが遊べる環境づくりに取り組む一般社団法人。砧公園では管理者と連携し「みんなのひろばプロジェクト」を実施。
また子育て支援NPOのamigoさん(※2)は、病気や障害を持つ子どもと家族のための活動”arTeaTreaT/あーといーとりーと”の一環として、遊び場での『のびのびアート』や『ゆるっとさんぽの会』などのプログラムを実施(arTeaTreaTのサイトより『第2回のびのびアート』のレポート)。
※2 NPO法人子育て支援グループamigo:世田谷区を中心に産前産後支援やお出かけ広場事業を運営しているNPO。取組みの一つである “arTeaTreaT/あーといーとりーと”は、イベントやワークショップを通じて、病気や障害を持つ子どもとその家族が同じ地域に暮らす人と一緒に居心地良くご機嫌な日々を創っていくための活動。
これらは障害のある子どもたちにとって貴重な外遊びの機会であるのはもちろん、遊び場に居合わせた他の親子たちも気軽に参加しやすい取組みとあって、「一緒に遊んでいいですか?」「もちろん!」という和やかな会話がよく聞かれます。
さらに『のびのびアート』でみんなが描いた作品を後日、世田谷美術館に展示したり、多様な子どもが一緒に楽しむ様子を『ミニ写真展』(※3)として遊び場のフェンスに掲示したりする取組みは、公園で大勢が集まるイベントが制限されていたコロナ禍においても地域にインクルージョンへの理解を広める助けとなりました。
※3:ミニ写真展で掲示された写真の一部は冊子にまとめられ、TOKYO PLAYのサイトでも公開。冊子「砧公園みんなのひろば写真集」。
両団体が協力して行うこれらのプログラムの度に感じるは、現場のプレイワーカーやクルーの方々が多様なあらゆる人を自然に受け入れる態度や、「あなたらしく自由に楽しんでいいよ」という大らかなマインドが、他の子どもや大人たちにも伝播しやすいということです。
遊び場には、「子どもに障害があるため公園にはほとんど行ったことがない」人や、「これまで障害のある人と接したことがない」という人も少なくありませんが、みんなウェルカムな雰囲気の「場所」と「機会」と「人」が揃うことで、初対面の利用者どうしも自然に笑顔を交わしたり、会話や助け合いが生まれたりする場面がぐっと増えるのです。
いわゆる「サービス提供者 対 お客さん」ではなく「地域の仲間」による橋渡し役の存在を得て、「みんなのひろば」はよりインクルーシブな場へと成長しています。
★ここに注目/地域の活動団体の人々
多様な親子にとって心やすい存在であり、子どもと大人、障害のある人とない人、公園の利用者と管理者などをつなげる役割も。柔軟な発想や独自のネットワークをもとに公園の利活用の幅を広げ、インクルーシブな地域社会づくりにも貢献している。
遊び場に学ぶ人々(次に活かす)
「みんなのひろば」にやってくるのは、遊びが目的の親子連ればかりではありません。新型コロナの流行が落ち着くにつれ、徐々に全国各地から様々な人が訪れるようになりました。
この遊び場をより詳しく知ってもらう取組みとして、TOKYO PLAYさんと公園管理者の方たちによる見学会が始まったのは2022年の秋。(翌年度末までに計10回以上を実施)
みんなで現地を周りながら、案内者の方から遊び場に施されたハードやソフトの工夫、具体的な改善点や今後の課題、子どもたちのリアルなエピソードなどを伺え、最後は参加者どうしで意見交換をする場も。参加者はそれぞれ立場や背景が異なるため、気づきや考え方の幅も広がり学びの多い1時間半です。
この見学会については紹介冊子がまとめられ、ウェブ上でも公開されています。→(冊子『砧公園「みんなのひろば」に行ってみよう!』)
さらにこんな立場の方たちも遊び場を訪問!
・公園遊具の企業から
「みんなのひろば」に遊具を納入した企業の方が、時間帯や曜日、季節を変えては利用者の観察やヒアリングを重ねる。他社の方たちも、時に障害のある親子などのモニタリング協力者と共に遊び場を巡り、多様なユーザーの具体的なニーズや課題の把握に努める。いずれも、インクルーシブな遊び場への理解を深めるとともに遊具のさらなる改善や開発、販売促進を見据えたリサーチ。
・各地の自治体や議会から
公園行政の担当者や地方議員の方たちが、インクルーシブな遊び場事例の視察に訪れる。都の関係者や公園管理者の方から遊び場づくりのプロセスや管理運営のポイントをはじめとする実践的な情報を得た上で、地元での公園整備等をめざす。
・大学や高校から
若者がインクルーシブな遊び場をテーマに卒業論文や探究学習に取り組む。「子どもと遊び」「都市設計」「共生の社会づくり」などそれぞれの観点から現地の調査や関係者へのインタビューを実施。少し前まで遊び場のユーザー側だった自らの経験も踏まえて考察をまとめ、それぞれの場で発表。
このように「みんなのひろば」は、大人や若者にとっても貴重な「学びの場」となっており、その成果はさらに幅広い人へと共有されています。
★ここに注目/様々な立場の人々
各自の関心や目的に基づき、遊び場の調査や多様な人へのヒアリングを実施。ここで得た気づきや学びをそれぞれのフィールドで活かす。じつは遊び場の案内者や調査協力者の側も新たな視点やインスピレーションを得ていることが多い。
みんなで育て続ける!
今回のレポートでは、いろいろな人や場面を取り上げながら、この遊び場がどのようにつくられ育てられてきたかをご紹介してきました。
都立砧公園「みんなのひろば」は、現在広がりつつある『インクルーシブ公園』のムーブメントの火付け役となった遊び場です。
もう一つ重要なのは、ここはその「理想形」でも「完成形」でもないということです。
インクルーシブな遊び場の解は一つではなく、それぞれの地域に根ざしたより有意義な遊び場を目指す道のりにゴールはありません。
「みんなのひろば」の開園からちょうど4年が経った先月、この遊び場に初めて多くの人を集めてのイベント『砧公園スペシャルデー』が開催されました。
そこには年齢や性別、特性や背景の異なる様々な人が、地元で活躍する個人やグループの出演者たちによる歌やダンス、楽器演奏などを一緒に楽しみながら拍手や歓声を送る姿がありました。
誰もが歓迎されのびのび過ごせたり、人や地域と緩やかにつながれたりする、この遊び場ならではのインクルージョンを育むプロセスの新たな1ページです。
これからの進化も楽しみな都立砧公園「みんなのひろば」をご紹介しました。