都内有数の広大な芝生広場や自然保護区域のバードサンクチュアリをはじめ、サイクリングコースに野球やサッカーなどのスポーツ施設も備えた砧公園は、桜やバラ、紅葉と季節ごとに異なる趣も楽しめ、年間200万人以上が利用する都民の憩いの場です。
その一画にあった遊び場「アスレチック広場」が、障害のある子どももない子どもも一緒に楽しめる「みんなのひろば」として生まれ変わったのは2020年3月のこと。
あいにくコロナ禍の始まりと時期が重なったため、オープンから程なく数ヶ月の間は閉鎖され、その後も大勢での利用や遠方からの来訪が憚られる日々が続きましたが、その状況下でもここは日本の公園づくりに一つのインパクトを与えました。
東京都が取り組んだ初のインクルーシブな遊び場として新聞やテレビ、雑誌、ウェブメディアなどに取り上げられ、そのコンセプトや意義、遊具や環境の工夫が多くの記事で紹介されています。
<参考情報>
東京都公園協会のサイト「公園へ行こう」より
日本財団のサイト「パラサポWEB」より
障害者に役立つポートルサイト「ゆうゆうゆう」より
皆さんの中にも既にこれらの記事をご覧になったり、実際に現地を訪れたりした方がおられるのではないでしょうか。
じつはこの遊び場づくりのいくつかの場面で、みーんなの公園プロジェクトもほんの少しだけ関わらせていただく機会がありました。今回のレポートはそこで私たちが得た学びを交えつつ、この事業に関わられた「いろいろな立場の人」に焦点をあてて「みんなのひろば」をご紹介したいと思います。
「前編:公園をつくる」では、インクルーシブな遊び場整備の事業化から計画・設計を経てオープンに至るまで、また後日「後編:公園を育てる」では、遊び場の管理・運営から今後の改善に向けた動きを取り上げます。
あくまで私たちの視点による限られたシーンのご紹介とはなりますが、これからインクルーシブな遊び場づくりに取り組む様々な方にとって、何かのヒントやインスピレーションに繋がればと思います。
地方議会の人々(提案から事業化へ)
この事業は2018年、障害のあるお子さんを持つ一人の新人都議の方が、本会議の一般質問でインクルーシブな遊び場の必要性を訴え、都立公園での整備を提案したことから動き始めました。(コラム特別編「この人に聞く/龍円愛梨さん」No.05)
この提案に対し、都の公園緑地行政を担う建設局は「これまで子どもの遊具広場でそうした取組みはしてこなかったが、都立公園をだれもが楽しめる場に整備することは重要」として、スピーディに事業化が決定されたそうです。
さっそく担当部局による整備に向けた調査などが始まる中、提案者である都議の方は「ぜひ障害を持つ子どもの家族を含む多様な当事者や有識者の声も聞いてほしい」として、ダウン症や自閉スペクトラム症、重症心身障害などいろいろな障害関係者の団体や専門家を紹介され、後にみーんなの公園プロジェクトにも声が掛かることに。(後述)
これと並行して、「公園にインクルーシブな遊び場を整備する」という東京都の取組みは他の自治体の議員や首長の方たちにも積極的に発信され、同様の事業が各地の地方議会で提案されることにつながっていきます。
またマスメディアへのアナウンスも功を奏し、政治や公園業界のみならず一般の市民にも認知が拡大。障害を持つ子どもの家族を中心とする住民側からも自分たちのまちにインクルーシブな遊び場を求める声が上がり始めました。
★ここに注目/地方議会の人々
インクルーシブな遊び場の意義を訴え実現へ。必要に応じて行政と地域の多様な人をつなぐ役割も。また地元だけでなく異なる自治体とも情報の共有や協力に努め、社会全体の気運を高める。後に整備の指針策定や補助金制度など持続的取組みに向けた提案も。
公園担当部局の人々(計画と設計)
この「だれもが遊べる児童遊具広場」の事業化を受け、整備を担当する東京都建設局の公園建設課では、遊具広場を持つ60以上の都立公園から候補地を絞るため、詳細な評価項目に基づいた選定作業をスタート。
砧公園は、遊び場としての敷地の条件はもちろん、トイレや休憩所を含む周辺施設の充実度、駐車場や公共交通機関でのアクセスのしやすさ等の評価点が高く、近くに世田谷美術館や大規模子ども病院の国立成育医療センターがあり多様な利用者を見込めることなどから最初の整備地に選定されたそうです。(同じく整備が決まった都立府中の森公園では、2021年秋に「もり公園にじいろ広場」が完成)
続いて障害者団体や遊具企業へのヒアリング等で情報を収集してこられた建設局からみーんなの公園プロジェクトにも連絡があり、私たちが都庁へ伺ったのは2019年の初めでした。
この時、遊び場は既に設計が進みつつある段階で、ゾーニングや地表面材、外周のフェンスなどが考慮される中、遊具は新たに導入される「アクセシブル」なものと、既存遊具を含む「アクセシブルでない」ものが混在する形で案が検討されていました。
下は、その意見交換の場で私たちがお伝えしたおもな内容です。
・すべてのエリアをつなぐアクセシブルなルートの確保を
・遊具やエリアは、障害の有無で子どもが分離されないよう留意を
・遊具遊びに加え、植栽などを活かした自然遊びを含む多様な遊び体験を
・ハードの整備に留まらず、完成後の運営プログラムなどソフトの充実も
・他の自治体が参考にできるよう、なるべく情報の公開を ・・など
この時私たちも、建設局や担当企業の方々からインクルーシブな遊び場づくりの現場が直面する様々な課題について学ぶことができました。
たとえば・・・
・導入事例が無い(または少ない)海外遊具に対する安全性の懸念
・従来より割高となるアクセシブルな遊具や舗装材の費用対効果の勘案
・インクルーシブという新たなコンセプトと、従来の公園利用者の要望とのバランス
・これまでにないトラブルや事故の可能性など管理運営上の不安 ・・など
この後、建設局ではさらなる情報収集や海外事例の視察調査を経て案が練り直され、砧公園は都が提示する最初のモデルケースという位置づけから、「障害児用/健常児用」という前提のない「だれをも分け隔てしない全体がインクルーシブな遊び場」を目指す方向で設計が固まったと聞きます。
その一例が、元々この遊び場にあった船型の複合遊具を改良した「みらい号」。
以前は、階段などでしかデッキに上がれませんでしたが、車いすや歩行器のユーザーを含むだれもがマストに取り付けられた操舵輪の仕掛けやメインの滑り台を楽しみやすいよう、新たに乗船タラップに見立てたスロープを設け、デッキも改造されたそうです。
★ここに注目/公園担当部局の人々
多角的な視点で候補地を選定。当事者や先進事例の調査を通じて明確化したビジョンの元、設計を柔軟に見直し、新しい試みにも挑戦。「だれをも分け隔てしない」というコンセプトの具現化により、多様な利用者が「インクルージョン」を自然に理解しやすく。
NPOの人々(オープンに向けて)
「みんなのひろば」の事業は東京「都」という大きな行政単位での初の試みということもあり、整備のプロセスにおいて砧公園の近隣住民との十分な連携までには至らなかったと聞きます。しかし新たなコンセプトへの理解を広めたり、実際の利用者の意見を今後に活かしたりするためにも、地域の人々との対話に向けた取組みは重要です。
都から協力を求められたのが、都内でプレーパークや子育てひろばなどを運営しているNPOでした。(NPO法人「PLAY TANK/プレイタンク」旧:あそびっこネットワークさん)
担当されたのは、施工中から掲げて遊び場のコンセプトを伝える看板のデザイン、完成間近の「みんなのひろば」と「遊び」について近隣の多様な親子と共に考える市民講座の準備(※新型コロナの影響で直前で中止に)、オープン当日に配る遊び場の紹介リーフレットの作成と来園者へのアンケート&ヒアリング調査など。
私たちにもお声かけがあり一部の作業をご一緒したのですが、これまでNPOとして多様な親子に寄り添い現場で遊びを支援してこられた実践者ならではの知見と力量、都と連携しながらの細やかな配慮に、多くの気づきをいただきました。
たとえば・・・
・市民講座の企画:多様な親子が参加しやすい環境を整え、官民が共に学び合える場に。(日時、子どもが寝転べるキッズスペースを含む会場内のレイアウト、スタッフや物品の手配、内容の検討や進行計画など)
・リーフレットやアンケートの作成:公園を利用する子どもや保護者の視点と遊びの重要性を踏まえ、文言やイラストを都と入念に推敲。
・オープン当日の利用者調査:回答者が気負ったり遠慮したりせず本音を話しやすい接し方で、それぞれの思いを丁寧に汲み取る。(インタビュアーの服装から声の掛け方を含むさりげない配慮と受容的態度、広い視野を持ち子どもや大人の小さなサインに気づく力) ・・など
★ここに注目/NPOの人々
公園をつくる自治体側と使う地域住民側との橋渡し役。ともすれば「行政による障害児のためのバリアフリー整備」という偏った観点に陥りがちな取組みに、現場の多様な親子の視座を反映。公園利用者と対等な立場で子どもや大人の率直な声を拾える存在。
「みんなのひろば」オープン!
そして迎えたオープン当日(2020年3月24日)。
「みんなのひろば」は、完成を待ちわびた大勢の人々で賑わいました。
よちよち歩きの子ども、春休み中の小学生、車いすや歩行器を操る子ども、補聴器や眼鏡を掛けた子ども、ダウン症の子ども、バギーに乗り呼吸器を付けた子ども、外国にルーツを持つ子ども、そして外見以外の特性や背景を含めればさらに多様な子どもたちとその家族、またお花見で公園を訪れたお年寄りまで年齢層も様々です。
入口で受け取ったリーフレットを読んで初めて「ここがインクルーシブな遊び場だ」と知る方も多くおられましたが、アンケートの回答には「このコンセプトに賛同する」「とても良い取組み。もっと増やしてほしい」など肯定的な意見がずらりと並びました。
また「この遊具が楽しい」「ここの工夫が良い」といった具体的な評価や、「ここが危ないと思う」「もっとこうだったら」との指摘やリクエストもたくさん!
特に安全に関する指摘には可能な対応が早速取られた一方で、オープンの熱狂が一段落した後にあらためて日常的な利用状況を検証する必要があることもわかりました。
たしかに「みんなのひろば」には課題も多いのです。(私たちもプラス面/マイナス面の様々な気づきを都や関係者の方々にお伝えしました)
ただそこには、東京都がこの遊び場づくりに挑戦したからこその発見が少なくありません。
そしてその挑戦のプロセスには、今回レポートでご紹介した他にもずっと多くの様々な立場の方が関わられています。
この日、ヒアリング調査で出会った、一人の障害のある子どものお母さんの誇らしげな表情が印象に残っています。
「この遊び場をつくるために、私たち、都から意見を聞かれたんですよ! 今までになかった経験だし、私たちの要望もちゃんと取り入れられてる! 本当に嬉しいです」
インクルーシブな遊び場づくりには、年齢や性別、背景などを問わず様々な立場の人が参加し、お互いの強みを活かしつつより良いものを目指すプロセスが欠かせません。
真新しい遊び場で初めて出会った子どもたちが、プレイパネルのカウンターに一人二人と小枝や葉っぱを持ち寄りいつの間にかお店屋さんごっこを始める様子を眺めながら、ここを本当の意味でインクルーシブにできる「子どもたちの力」にもあらためて思いを馳せました。
次回は、いよいよ本格的な利用が始まった「みんなのひろば」を支え、進化の道を探る人々についてお伝えします。
「No.15共に開く新たな扉(後編:公園を育てる)」をどうぞお楽しみに。