コラム
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「特別編:この人にきく(4) 子どもの遊ぶ権利・奥田陸子さん」

写真:奥田陸子さん

◆奥田 陸子(おくだ・りくこ)さん
1956年 富山大学薬学部卒
名古屋大学医学部勤務
1961年~1963年 フランスへ留学
帰国後、双生児の出産を機に退職し、地域の子育て活動に専念
1990年~2003年 IPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部代表
現在IPA日本支部海外情報室長、特定非営利活動法人子ども&まちネット理事

◆主な出版物
<翻訳>R.A.ハート著「子どもの参画―コミュニティづくりと身近な環境ケアへの参画のための理論と実際」萌文社、2000年
<編著・監修>「ヒア・バイ・ライト(子どもの意見を聴く)の理念と手法」萌文社、2009年



◆インタビュー

Q: 奥田さんは、IPA(International Play Association・子どもの遊ぶ権利のための国際協会)というNGOで長年活動していらっしゃいますね。子どもの「遊び」について、お考えをお聞かせいただけますか?

A:「遊び」は、それぞれの子どもが生まれながらに持っている能力を伸ばして成長するのに欠かせない重要なものです。1989年に採択された国連・子どもの権利条約(日本は1994年に批准)の第31条にも、「遊び」はすべての子どもが持つ権利として認められています。

国連・子どもの権利条約 第31条 (政府訳)
  • 締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。
  • 締約国は、児童が文化的及び芸術的な生活に十分に参加する権利を尊重しかつ促進するものとし、文化的及び芸術的な活動並びにレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励する。


 でも、多くの大人は「子どもの遊ぶ権利」にあまり関心がないというのが現実ですね。日本では勉強や習い事で遊ぶ時間がなかったり、近所に十分な遊び場がなかったりする子どもがたくさんいます。また大人の中には、遊びを道具のように取り入れて教育効果を上げるとか、子どもの遊びたい気持ちを利用して何かをさせるといった目先のことに一生懸命になる人はいても、本来の遊びの価値というのを理解している人は少数です。
 子どもにとっての遊びの大切さを、言葉で説明してわかってもらうのは本当に難しいですね。誰にも指図されない、自由で本能的な遊び、わくわくする気持ち……きっと体験してない人はいないと思うんですけど、忘れちゃってるのかもしれません。特に子どもの頃よく遊べた人ほど、自分にとってはそれが当たり前で、大切だなんて思わなかったから。
 子どもにとっての遊びの重要性が理解されにくいという状況は海外でも同じです。せっかく第31条があるのに、実質的にはあまり効力が発揮されてきませんでした。


Q: そこで今年(2013年)、国連子どもの権利委員会が第31条に関する「一般的意見」(General Comments)を採択したのですね?

写真:IPA世界専門家会議の報告書
 そうです。このままではいけないということで、2008年にIPAが他の団体と連携して子どもの権利委員会に申し入れをすることにしました。また、子どもの遊びに関する世界専門家会議を8か国で開いて、遊びがどのように阻害されているのかといったことを明らかにし、多くの説得材料を集めて国連に働きかけてきました。その結果、それが採択されて、今年の2月に「一般的意見17号」が発表されました。





子どもの権利委員会・一般的意見17号 休息、余暇、遊び、レクリエーション活動、文化的生活および芸術に対する子どもの権利(第31条)
内容:Ⅰ.はじめに、Ⅱ.一般的意見の目的、Ⅲ.子どもたちの生活における第31条の意義、Ⅳ.第31条の法的分析、Ⅴ.条約のより幅広い文脈における第31条、Ⅵ.第31条の実現のための環境づくり、Ⅶ.第31条に基づく諸権利を実現するために特別な注意を必要とする子どもたち、Ⅷ.締約国の義務、Ⅸ.普及

参照:
別ウィンドウで開きます国連人権高等弁務官事務所のサイト(英語)(General Comments No.17)
別ウィンドウで開きますARC 平野裕二の子どもの権利・国際情報サイト「一般的意見17号」(日本語)


権利委員会が出す「一般的意見」というのは単なる解釈を示したものではなくて、この権利にどんな意義があるのか、現状としてどういった課題があるのか、権利を実現するために特にどんな子どもたちに配慮するべきか、そして政府や大人は何をすべきかをかなり具体的にサジェスチョンしています。「みーんなの公園プロジェクト」と関連のある、障害を持つ子どもの遊びについても書かれていますよね(「一般的意見」Ⅴ.B.24、Ⅶ.50、Ⅷ.58.(e)など)。明記されているということは一つの大きな武器になります。「国連がこう言ってる」となるんですから。これから世界中の締約国がこの「一般的意見」に沿って、それぞれの国で取り組みを始めるところです。


Q: 「一般的意見」には、強制力や法的拘束力のようなものはあるのですか?

A: それが厳密にはないので、国によって受け止め方が違うかもしれません。
子どもの権利条約への向き合い方も、各国で差が見られます。イギリスをはじめとするヨーロッパの先進国では、「権利委員会がこう言ってきてるから応えなきゃいけない」ということで、子どもの権利擁護をやっている団体が行動を起こして政府に働きかけます。条約を結んでいる以上、政府はそれに反論できないから認めざるを得ない。こうして子どもの権利保障がどんどん進んでいます。
 
 締約国の義務としては、条約の批准から2年後とその先は5年ごとに、自国での取り組み状況を報告書として権利委員会に提出しなければなりません。日本も提出していますよ。ただ日本の報告書に対しては権利委員会から、「前回も勧告したのに改善されてない」ということで教育偏重などの問題について同じ勧告が繰り返されています。再勧告を受けて日本はどう応えるのか、やはりこれからですね。


Q: イギリスでは、子どもの権利保障のためにどんな政策が取られてきたのですか?

 私がイギリスの子ども政策に注目したのは2005年頃からなんですが、当時ブレア政権がEvery Child Matters(すべての子どもが大事)という骨太の子ども政策を打ち出していました。それを引き継いだブラウン政権では中央省庁も再編成して、子どもを総合的に支えるDepartment for Children, Schools and Families(子ども・学校・家庭省)を設けるなど根本的なところから改善してきました。政策には遊び場の充実も含まれていたので、大きな資金が投入されて、たくさん遊び場がつくられたんですよ。現在は政権交代や経済の不振もあって予算が減らされるなどしてはいますが、子ども政策そのものにしっかりとした理念があるので、方針は大きく変わることなくやっています。

 また子どもの意見を聴いて、まちづくりや具体的な施策に反映させる取組みにも積極的です。イギリスは北欧の国々に比べてこうした面では後れを取っていたんですけど、イギリスの子どもの幸福指数が非常に低いというOECD(経済協力開発機構)の調査結果が発表されてからは、子どもの参画にますます力が入ったように見えますね。
 子どもの幸福度については日本も課題が指摘されていますが、「子どもの意見を聴こう」というアプローチにはつながっていません。日本のトップレベルの人たちも一般の人も、「子どもには『大人が』何かしてあげなきゃいけない」という考えが抜けないんですね。親に向けた支援や施策も必要ですけど、子どもの成長や幸福のためには、もっと子ども自身の意見、子どもの持っている力を大事にしないと。


写真:奥田さんの著書。「ヒアバイライトの理念と手法」

 イギリスでの具体策としては、Hear by Right(子どもの意見を聴く)という手法を使うことで、権利の主体者である子どもの意見を聴き、社会に取り入れ、大人と子どもが一緒になって社会をよりよく変えていこうとしています。といっても、こうした子どもの社会参画が簡単に普及したわけではないんです。NYA(National Youth Agency・英国若者協会)という半官半民の団体が熱心に働きかけて各自治体にHear by Rightへの理解を促し、また子どもたちにこれを実施したかどうかが政府の助成金を得る条件の一つになるような仕組みもつくられました。おかげでかなり多くの自治体がHear by Rightを取り入れるようになって、子どもたちが意見を言える機会が増えたんです。

 それから、あらゆる政策に対する子どもの代弁者としてChildren's Commissioner(子どもコミッショナー)も置かれています。これはどの省庁にも属さず独立した権限を持つ人で、いろんな所に出かけていって子どもたちの声を取り上げながら社会共通の問題に広く対応しています。NYAもそうですが、意見を言うことが難しいマイノリティの子どもや乳幼児の声をどう拾うかといったことにも取り組んでいるんですよ。あとイギリスでは、キリスト教の影響でしょうか、障害児に向けた取り組みも以前からよく行われています。



Q: 日本では障害のある子どもの声が社会に反映される機会は、まだまだ少ないですね。どんな状況にある子どもも等しく尊重され、地域に居場所がある社会になるには、どういったことが大切でしょうか?

 そうですね。この間、イギリスにある子どもホスピスを取材したテレビ番組を見たんですけど、その施設には明日をも知れない子どもからずっと大変な状況を抱えたまま生きていく子どもまで、いろいろな子どもがいました。そこにやってくる親は、そうした子どもたちと接する中で、やがて自分の子どもだけでなく他の子どものことも理解し、一緒に考えられるようになっていくんです。一種の地域づくりだと感じました。
 それは専門的なケアをする施設の中での話でしたけれど、これからの社会、いろんな人が実際に接することでお互いを理解していける、そういう場が地域に広がるといいと思います。

 日本では、子どもに障害があるとわかると、それまで普通に暮らしていた地域社会と突然関係が切れちゃうことがありますね。親子で通院やリハビリに追われたり、外出を控えるようになったりして地域社会から孤立してしまう。本来、逆です。みんながその子のことを知ってみんなで助けられなきゃいけない。そのためにも地域には遊び場なり親子が集える場なり、いろんな形の場があることが大切ですね。地域社会全体として、障害のある子どもや高齢者も含め、みんながお互いに見守り見守られるのが理想だろうと思います。理想なんていうと夢見る夢子さんみたいですけど(笑)。
 
 本当の理想郷は永遠にできないでしょう。それでも社会がよりよい形になるよう、気づいた人がやっていくしかないと思うんです。小さなことでいいことをやってる人はいっぱいいる。一人一人が何をやれるのか、どうしたら広げていけるのか、課題はあります。でもそうしたいろんな人がいることが、まずは大切なのだと思います。



――貴重なお話をありがとうございました。
(2013年7月4日のインタビューより)


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